いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

今夜8時から! Ustream鼎談 第20回「おやすみプンプン」前口上

いいんちょと愉快な鼎談、第20回目の今回は、先月完結した『おやすみプンプン』全13巻。

この商品について
どこにでもあるような街のどこにでもいそうな少年、「プンプン」の人生の波乱を描いた作品。 この作品の大きな特徴に、主人公である「プンプン」やその家族、親戚のみ“落書きのようなヒヨコ”で描かれており、その名前に加え、周りの人物や情景などの高い描写力からは浮いた存在となっている。加えて、作品内でコラージュ的な表現を用いたり、一部の人物に話の進行とは無関係な奇行を描いたりと、実験的なシュルレアリスム表現がみられる。 作家、伊坂幸太郎が単行本の帯に「前衛でありつつ王道を走り抜ける」と語っている。

伊坂幸太郎「前衛でありつつ王道を走り抜ける」という言葉が、端的にこの作品を言い表している。
伊坂のいう「前衛」とはいったい何のことを指すのだろう。読み終えた人の多くは、おそらく主人公「プンプン」の外見的特徴を指していると、理解するのではないか。
なんなんだこの、干からびたオバケのQ太郎みたいなやつは、と。
けれど、作中のほかの登場人物はそのことをぜんぜん気にしていない。しかも、作中の舞台は現代で、がっちがちのリアリズムで固められている。どうやら、読者にだけプンプンはプンプンにみえているという形式なのである。


けれど、この突拍子もないプンプンの外見に警戒すると、今度は予想外の衝撃を味わうことになる。
描かれる内容は、このヒョロヒョロとしたなんとも頼りない主人公が、恋をして、失恋をして、人を傷つけ、人に傷つけられしながら大きくなっていく、というド直球の成長の物語でもあるのだ。これが伊坂のいう「王道」の部分と言えよう。


ただ、である。
ぼくは断りもいれず前者を「形式」、後者を「内容」と名指しした。
しかしこの分類自体、はたして妥当なのだろうか。
前者が単なる「形式」で片づけられるならば、この作品の説明は後者の「内容」だけで事足りるだろう。
だが、おそらく本作を読んだ多くの人は、その「内容」だけを説明した「作品説明」に大きな不満足を味わうのではないか。なぜなら、われわれ読者は「プンプン」という表現形式に、形式以上の「何か」を受け取っているはずだからである。それを抜きにした「作品説明」「ストーリー説明」の類が、不完全になるのは当然だ。

鼎談では、おそらく本作の「形式」および「内容」の"不可分性"にも議論がおよぶはずだ(たぶん)。
ひいてはそれは、一作品を越えてマンガそのもの、マンガ表現全体をも敷衍した論題になっていくだろう(たぶん)。


また、鼎談ではヒロイン愛子ちゃんと南条さんのどちら派かでも、激論が交わされるだろう(たぶん)。


今夜午後8時からの生放送を予定しております。

毎度のことながら行き当たりばったりに話が進むと思われます。
気楽にご視聴ください。
どうぞよろしく。