いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

『爆弾』スズキタゴサクという名の「笑い男」

現在公開中の『爆弾』。面白いのはもちろん、とにかく佐藤二朗がいい。絶品。福田雄一作品でしか彼を知らない人にも見てほしい。いや、福田作品でしか彼を知らない人に“こそ”見てほしい。自身で監督した『はるヲうるひと』や、和製スリラーの名作『さがす』で見せた怪演に匹敵するか、それ以上のベストアクトだと感じた。※以下、ネタバレを気にせず書き進めるので、まだ映画を見ていない人は今すぐブラウザを閉じて是非映画館に駆けつけてほしい。

 

そんな佐藤のベストアクトによって生み出されたキャラクター、スズキタゴサク。ある夜、警視庁・野方署に酔っ払って酒屋の店主を殴った容疑で連行された男・スズキ。

最初は警察も、酒癖の悪いおっさんが起こした些細な暴行事件として処理しようとするが、スズキは、自身に霊感があり、“11時に秋葉原で何かが起こる”と話す。すると、そのとおり時刻きっかりに秋葉原で重傷者を多数出す爆発事件が起きる。さらに、スズキは“まだまだ爆弾が仕掛けられている気がする”、とほのめかす。ここから、スズキと刑事たちとの心理戦が繰り広げられることになる。

スズキタゴサクというキャラクターの魅力は、佐藤の不気味な演技によるところが多分にあるがそれ以上に、結局最後まで「彼は何者だったのか?」が分からなかったことにある。そう、彼は“来歴不明の悪”なのである。

ここでいう“来歴”とは2つの意味がある。一つは、彼が結局どういう人物でどんな人生を生きてきたかがわからないということ。名前以外の全ての記憶を失ったというが、名前だって本名か疑わしい。日本で最も多い名字「スズキ」に、田舎者を指す蔑称「田吾作」である。そんな名前をつける親がいるだろうか。

もう1つの”来歴”とは動機のことだ。金が目的か? 違う。誰かへの復讐? それも違う。何らかのトラウマ的な体験で精神を病んだ? 映画がスタートしてすぐ、スズキは中学時代に憧れていた同級生女子の後をついていったところ、その子が何者かに凌辱された上に殺された、という衝撃的な体験をしていたと告白するが、のちのち、実はこれがホラだったことが明かされる。悲惨な体験でサイコな犯罪者になった、というもはやありふれたサイコサスペンスチックな動機も否定される。ではなぜ? 警察、そして観客も彼の動機を探るのだが、スズキは幾度となくはぐかしていく。

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“オリジナルなきコピー”としてのスズキタゴサク

さらに、終盤に来て、衝撃的な展開が待っている。実はスズキタゴサクの前に、この爆弾を事件を計画していた者がいた、ということだ。爆弾の製造も前任者によるもので、スズキは、よく言えば犯行を引き継いだ、悪く言えばただ乗りしているかっこうとなる。

この展開で思い出したのが、SFアニメ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』において、シリーズを通して描かれる「笑い男事件」の真相だ。

攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX The Laughing Man (レンタル版)

サイバーパンクSFで込み入ってくるため、詳細な説明を省くが、「SAS」を通して描かれるメインの事件である「笑い男事件」では、主人公・草薙素子ら公安9課が、ハッカーでありテロリストの通称「笑い男」を追うのだが、終盤に来て、今追っている「笑い男」(通称アオイ)そのものが、オリジナルでなかったことが判明する。

ただ、これは「真犯人が別にいる」ということを指し示しているわけではない。アオイはオリジナルと繋がりがあるわけでなく、ただたんにその元の「笑い男」がネット上に書き込んだデータに触発され、事件を実行しただけだったのだ。純粋なオリジナル(真犯人)が最初からいない。仏の思想家ボードリヤールの「オリジナルなきコピー」という概念に多分に影響を受けているこの真相に、当時筆者は衝撃を受けたし、何よりこれが最初に放送されたのはまだ2002年である。インターネットの本格的な普及を待たずにして、この展開を描くのはあまりに「早すぎる」と当時驚愕したのを覚えているし、今にしてもそれは思う。

 

奇しくも、「笑い男事件」が起きるとされるのは2024年であった。現実には、我々のアナログな脳はまだまだ電脳化される気配がないが、もしかするとスズキタゴサクは、2025年に1年遅れでやってきた「笑い男」だったのかもしれない。