いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

「男女の友情は存在するか?」がなぜ愚問なのか

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神スイングのときから大ファン(かなりベタな導入)である稲村亜美ちゃんが直火で炙られる程度にはヤフコメで炎上していたので、今年初エントリーとして猛烈擁護フルスイングエントリーをしたためたいと思う。

 

「男女の友情は存在するのか?」という問いがある。

しかし、お題目を自ら掲げておいて早速で申し訳ないのだが、この問いを、ぼくはそもそもバカにしている。正確には、この問いを立てる人間を、だ。

未だに、飲み会でこの話題に言及しようとする輩がいる。あーだこーだしょーもないことを散々述べたあげく、「やっぱり永遠に答えの出ない問いだよね~」などと勝手に結論付けるバカである。そういうのに遭遇すると、反射的にそこにあるなんこつの唐揚げを2つの鼻の穴にぶちこんでやろうかと思ってしまったものである(自粛前の話です)。

 

だから、ここでぼくがつづっていきたいのは、「男女の友情は存在するか」ではない。「未だに『男女の友情は存在するか』という問いで盛り上がるやつはなぜバカなのか」だ。

肉体関係/友情というゼロサム関係の誤謬

彼らがなぜバカなのか。それは「自分の立っている前提に気づいていない」ことに由来する。

 どういうことかというと、「男女の友情は存在するか」という問い立てには、まるで「男女の友情」と「セックスをする関係」がゼロサムの関係(あちらが立てばこちらが立たず)にある、という発想、というよりも思い込みが前提に隠されている。

図にすると、つまりこういうことだ。

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「男女の友情は存在しない」とする人の脳内の図解

そのように、「友情」に関する“要件定義”を暗黙裡に受け入れているがゆえに、「男女の友情は存在するか」という問いが成り立つのである。

しかし、「セックス」と「友情」は両立し得ないというのは思い込みで、ある意味「現代の心身二元論」といえる。

この前提のもとにある「男女の友情は存在するか」という問いを立てていること自体、その人は自分の偏狭な倫理観であることを問い直さなけばならない。それに気づいていないから、ここで「バカ」だというのである。

 

こうした思い込みから自由な人間からしたら、「男女の友情は存在するか」という問い自体がいかにナンセンスで、「問いとして成立していないか」が分かるだろう。そもそも、それは二者択一ではないのだ。

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「男女の友情は存在するか」という問いを立てる人は青い網目の部分が想像できない

 

さらにいえば、セックスだけではない。

セックスすること“も”ある友人関係もありえるし、キスすること“も”ある友人関係も、ペッティング“も”する友人関係もあり得る。それぐらい、人間と人間の関わり方は多様なのである。

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そのことを問い返すこともなく、令和の時代に相変わらす「男女の友情って成立すると思う?」と厚顔無恥にも問いかけるのは、自身の保守的な性倫理を開陳しているにほかならない。

 

「セフレ」という言葉が生む認知の歪み

もっとも、彼らがこうした誤謬に陥ってしまう要因もあるように思える。彼らの認知に歪みを生じさせているのは、もしかしたら「セフレ(セックスフレンド)」という言葉かもしれない。

セックスもある友人関係というと、直感的に「セフレ」という言葉が思い浮かぶと思うが、実際のところ「セフレ」の内実は「セックス“も”する友人」とは程遠い。

どちらかというと、「セックスが主目的の関係」であり、実際のところ友人と呼べるほど親密ではない、という場合が多い。「セフレ」という言葉に匂い立つ独特の「冷たさ」の本質的な理由は、単刀直入に言うと「友達ではないから」なのだ。フレンドというほど仲がいいわけではなく、連絡がつく知人程度、セフレというより、いわば“セ知人”である。

しかし、世の中には「セックスもする友人関係」だってありえるし、その関係性は現状の「セフレ」という言葉がカバーする語彙の外にある。

 

だから、「男女の友情は存在するか」という問いはそもそも成り立たない。言えることがあるとすれば、「俺/私は友達とはセックスできない」あるいは、「俺/私はセックスした人とは友達になれない」という個別の価値観のみなのだ。

 

ここまで書いて重大なことに気づいた。この記事は稲村亜美ちゃんの擁護にも何もならなくなってきている。擁護フルスイングは大きく空振りしてしまった。

稲村亜美ちゃんは、2人旅をしても何も起きない男友達がいる、と言いたいだけなのであった。 しかし、これだけは言える。旅先でなんやかんやがあったとしても、その人本人が「男女の友情」といえばそれは「男女の友情」なのである。