ロッククライマーといえば、
これとか、
これのイメージしかないド素人で、トミー・コールドウェルのトの字も知らない人間だったが、何の気なしに見た彼のドキュメンタリー映画『ドーンウォール』が凄まじかったので紹介したい。
本作は彼がロッククライミングの聖地という、米ヨセミテ国立公園のエル・キャピタンという巨大な岩のドーンウォールというルート制覇のプロセスを追う作品だ。
難しい説明をすっ飛ばすと、ドーンウォールとは、頂上への数あるルートの中でも、一番困難で、誰も登ったことがない文字通り「前人未到」のルートだ。
この時点でふむふむなるほど、と思うのだが、やはりド素人としてまずやられるのは数百メートルの絶壁に体一つで張り付いている様だ。一度だけ、寄せばいいのにボルダリングに挑戦し、次の日手の握力を失った身からしたら、あれがどれだけすごいのかが分かる。指と腕の筋肉どうなんてんの? という感じ。リアルスパイダーマン。
そして、高所恐怖症の人でもそうでない人でも卒倒するであろう、絶壁での野営は背筋が寒くなる。あのテントを考えて、初めて使った人、コンタクトレンズを初めて使った人と同じぐらい尊敬したい。
てな感じで、気合いと根性のロッククライミング映画…かと思えば、看板に少々偽りありだ。
そもそも、このトミーコールドウェルという人。これまでの人生までが壮絶である。本作はその人生も寄り道して紹介してくれる。
まず、10代のころにクライミングで訪れたキルギスにて、友人(のちの奥さんも含め)らとともに、地元の反政府ゲリラに拉致られてしまう。トミーはそこで、その一人を崖から突き落として殺し、友人たちと共に難を逃れる。
さらに、帰国後の彼を悲劇が襲う。チェーンソーで誤って指を切り落としてしまう! クライマーにとって大事な指を! しかも一番使いそうな人差し指を! クライミングを諦めかねないような事故だが、彼は壮絶な特訓を経て、「左手人差し指のないクライマー」として復活を果たす。
さらにさらに、神は彼に試練を与える。妻が他に好きな人ができた、として、離婚を言い渡されてしまう!
・反政府ゲリラに拉致される
・指を切り落とす
・離婚する
どうだろう。一般的に、人生でどれか一つでもごめんだわ、という試練が、この人の人生一周に全部降り掛かってきているのである。なかなかではないか。ちなみに、筆者もこのうちのどれか一つを体験しているが、それがどれなのかは想像に任せよう。
ちなみに、トミーは今回の挑戦の下準備や練習をしている最中は「離婚のことを忘れられた」といっている。分かる分かる。離婚って、精神的に来るよな…。
そんなこんなで、数年の下準備と練習を経て、ついにエル・キャピタン、ドーンウォールへ!
ここからは、高所恐怖症の人なら泡吹いて倒れるような映像がずーっと続く。
観ていると最初は、高所がそんなに怖くない自分でも「高いところ、怖い…」という4ビットの感想しかでてこないのだが、画面の中の人々がそんな事言わないもんだから、次第に「超高いところへの恐れ」は薄れ、出演者らの飽くなき挑戦そのものに気持ちが集中していく。
難しいながらも、順調に登り進めていたトミーと、彼が挑戦のパートナーに選んだケビン・ジョージソン。
和気あいあいと上り進めていた2人だったが、ピット15と名付けた難所にて、事態は急変。激アツのバディ・ムービーにシフトチェンジする。
それまでの上への動きから一転し、横移動するピット15。トミーはこの難関を何度目かの挑戦でなんとかクリアする。
以下が、実際にトミーがピット15をクリアする映像。
しかし、ケビンはなかなかクリアできない。彼はもともと、ボルダリングが専門(ロッククライミングとは少し勝手が違うらしい)トミーに同行を志願。トミーとケビンは、いわば師匠と弟子みたいな関係だ。
それまで、交互にピット(全部で32個ある)をクリアしていた2人だが、ピット15をクリアし、次々と先をいくトミーと、ピット15でつかえ、先に進めないケビンとの間に距離ができてしまう。
すでにボロボロで、血がにじんでいる指。ケビンは一日挑戦を休み、回復につとめ、再度挑戦してもやはり途中で失敗してしまう。
「ケビンには無理だ。ここからはトミーだけでてっぺんを目指せばいいのに…」そんな風に関係者の誰もが思った。ケビン自身も、ここで挑戦を諦め、以降はトミーのサポートに回ると言い出す。
しかし、トミーはケビンがピット15をクリアするまで待つ、と決断する。
「僕が一人で完走するより、どんなに最悪な状況でも2人で完走したい」。
熱い…熱すぎるぜ、トミー。
ケビンはトミーに見守られる中、ついにピット15をクリア。そして、2人は前人未到のルート、ドーンウォールを制覇するのであった。
挑戦が開始した19日前には、岩のふもとにはモノ好きな地元の写真家ぐらいしかいなかった。しかし、挑戦に成功したその日、ふもとには多くのファンがかけつけ、全米中が彼らの成功を祝福した。
ドキュメンタリーのはずだが、特に後半起きるドラマの起伏はフィクションではないかと疑いたくなるほど。言葉少なだが、お互いを思っているトミーとケビンの関係性がたまらない。そんじょそこらのバディ・ムービーでは叶わないだろう。
おかしい。「ロッククライミングのドキュメンタリー」を観始めたはずなのに、観終わってみたら「バディ・ムービーの快作」だった。
映画鑑賞をだらだら何年も続けていると、たまにこういう不思議な、でも最高な体験ができるのである。