いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

ポカリのCMが憎い

ポカリスエットのCMが新しくなった。
これが、外出自粛期間でただでさえテレビをつけっぱなしにしていることが多くなったぼくにとって悩みの種なのだ。このCMがテレビから不意に流れ出すと動機が高鳴り、全身の毛という毛が逆立っているのが自分でも分かる。完全に野生の動物が外敵と遭遇したときの臨戦態勢である。要するに、嫌いである。憎しみすら感じる。まあ、見てほしい。

 

 

中高生(おそらく高校生)の男女が、リモートワークさながらに、それぞれの自宅(らしき場所)で別々に歌を歌う姿を自撮りしている。一人ひとりは個別に歌っているのだが、音声と映像を合わせることで、それは合唱となっていく。最後は全員が一斉に青い空にカメラを向けたところで、CMは終わる。

この空はポカリスエットのブルーを模していると同時に、「離れ離れでも同じ空の下、ぼくら、私たちはつながっているよ」と言いたげなようだ。

 一説によると、今回の外出自粛の状況の中で、急きょ内容を変更して、このような内容にしたという。まさにピンチをチャンスに変える機転の利かせ方であり、見事としか言いようがない。

しかし、そうしたプロセスとは別問題で、できあがったものが悲しいかな「嫌い」であることも成り立つのであり、以下の文章について、もしもCM関係者の目に入ったとしても、悲しまないでほしい。別にあなたは全く悪くないし、これはぼく個人の完全な逆恨みである、というフォローはしておく。


なぜぼくはこのCMが嫌いなのか。その理由を自己分析していくと、「若い男女が楽しげにキャッキャしていること」自体に対する本源的な嫌悪感に加えて、自分の中学時代の個人的な記憶に遡る。

ぼくの中学時代にも文化祭というものがあった。ご多分に漏れず、そうした学校行事を取り仕切るのは、クラスのイケてる男子、イケてる女子ら、クラスの中心人物たちである。彼らとは生きる世界が違う、リアルすみっこぐらしのぼくのような人間は、彼らが勝手にいろいろ決めていき、降りてきたものを、「あ、これやって」と言われて、「あ、はい」と返事し、粛々と進める奴隷のような身分であった。

いわゆるスクールカーストというやつで、それ自体が唾棄すべきクソ文化であることに異論はないが、まだ中学時代であり、この手のカースト迫害者の思い出など、五万とあるだろう。俺が大人になった時にお前らに復讐してやると闘志だけはたぎらせていたが、同時に、まだ未熟な中学生のやることである、と変に大人じみた納得感もあった。

しかし、なによりもむかっ腹が立ったのは、その文化祭のテーマが「絆」だったことである。正確には、ぼくが2年生のときが「絆」で、3年生のときが「絆~ともに生きる~」だった。何を気に入ったのか、翌年にサブタイトルを追加してきやがった。今でもそんなことを覚えているのは、相当憎しみがあったからだろう。

どうだろうこの偽善的なコピーは。普段はまるで物語の背景のように扱う側、扱われる側の間柄である。にも関わらず、大人の注目を集める晴れの舞台では、やれ「絆」だのやれ「ともに生きる」だの「共生」をのたまうのである。その欺瞞性が、ぼくは許せなかったのである。

いけしゃあしゃあとよくもまあそんな友達ごっこができるな? とむかっ腹がたったのである。普段の他者の(すなわちぼく)の扱い方以上に、自分たちのその「罪」に向き合わない彼らの「無知の罪」に腹がたったのである。

別にぼくは、「絆」の中に入れてほしかったわけではない。肝心なときに「絆」の中に組み込まないでほしい、それだけなのだ。

ポカリのCMに戻る。ここまで書いてみて気づいたが、自分の主張は、ポカリのCMとそれを作った人々には何の関係もない。ほとんど言いがかりに近いものだろう。

しかし、ぼくは切に願う。あのCMから嗅ぎ取ってしまった「離れていても、みんなの心と心は一緒だよ」という大変おめでたいメッセージの「みんな」の中に、頼むから「ぼく」は含めないでほしい、と。そして、CMの最後に出てくる青空。空と空がつながっていると思いがちであるが、実は違う。いつまでたっても、どんなにがんばっても「つながらない空」があるのである。

そういうことを書いていたら、今の外出自粛の状況下でも、毎日のように嫌な言葉に出くわす。「一丸となって」とか、「みんなで協力して」と、少し前にはスポーツ競技にかこつけて「ONE TEAM」なんてていうのも流行った。どうやら、普段は赤の他人であるのに、急場になって「絆」「みんな」「一丸」などとのたまうのは、子どもも大人も変らない。内実は、「自粛を要請する」という語義矛盾の一億総圧力である。

日本を「和の国」と評する向きがあるのだが、これもとても欺瞞的な言い方だ。その和の内実は、弱い者が泣き寝入りさせられている、それだけなのである。それは、「絆」でつながっていないのに、「絆」の神輿を担がされた中学時代のぼくと同じだ。

別にぼくは、「絆」の中に入れてほしかったわけではない。都合のいいときにだけ「絆」の中に組み込まないでほしい、それだけなのだ。