いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

嗚呼、わが青春の再生メディア! 映画『VHSテープを巻き戻せ!』と思い出話

VHSテープを巻き戻せ!

 

 「巻き戻し」という言葉が、若者に通じないという話題がしばしば浮上する。今や完全に「旧メディア」の烙印を押されてしまい、ぼくも引っ越しの際についにデッキを処分してしまったVHSだが、未だに根強いファンが存在する。

 本作『VHSテープを巻き戻せ!』は、「VHSにヤラれてしまった人たち」=「VHSに良い意味でも悪い意味でも人生を変えられてしまった人たち」へのインタビューで構成され、VHSの歴史、その文化的意義に迫るドキュメンタリーだ。

 

VHSに人生を変えられたさまざまな人々

 ベータとの規格争いに勝利したVHSが、世界をいかに変え、そして衰退していったかを活写する。VHSで大儲けした人、VHSをひたすら集めている人、VHSで女優になった人…etc。さまざまな人が出てきて、単なる「メディア」への愛着以上に、フェティッシュな偏愛を語り尽くす。VHSのタトゥーを入れた人たちにはさすがに笑ってしまった。

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 中盤に登場するVHS映像作家のおじさんは、電車でたまに遭遇するやばい人と同じオーラをビンビンに感じるが、アマチュアクリエイターとして話す言葉はかなりアツいので、ぜひとも聞いてみてほしい。

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VHSがもたらしたもの

 メディア論としては常識だが、あるメディアは物事の結果だけでなく原因でもある。まず作品があってVHSがあるのではない。事態はその逆だ。マーケットによってVHSが作られ、またVHSによってマーケットも変容していったのだ。

 VHSという「原因」が作り出したものの一つが、「劇場公開を前提としないレンタルビデオ専用の映画」すなわち「Vシネ」だ。レンタル向けにコンテンツが大量に作られたことは、若手クリエイターの育成にも寄与した。

 また、「批評」という観点からも、VHSは革命をもたらす。同じシーンを何度も見直すことが可能になったことで、より正確な批評が可能になったのだ。

 ちなみに、ホームビデオ以前のオタクが「記憶」を頼りにアニメを論評していたという涙ぐましい努力については、岡田斗司夫の著作などが明るい。

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テープの劣化という物理的スタンプ

 個人的に面白かったのは、アナログメディアならではの「テープの傷」のエピソード。VHSの普及で、アダルトビデオの時代が到来するが、レンタルビデオではある特定のシーンのテープだけ傷ついて画面が荒れてしまうという。

 画面の荒れは、そのシーンまで何度も繰り返し巻き戻されていた、ということを意味する。画面が荒れるシーンの直後にはアダルトビデオでは「抜きどころ」がくるのだそうだ。

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 ちなみに、ポルノ以外の映画では画面が荒れる直後に「人が爆発するシーン」が来るそうだ。人間の関心は今も昔も「エロ」と「グロ」なのだ。

 このテープの話で思い出したのは、Kindleなどの電子書籍での「ハイライト」の共有機能だ。このテープの劣化は共有機能のさきがけだと言える。同じ機能を、アナログメディアであるVHSが何十年も前に勝手に実現していたのだ。

 まあ、他人がどこで抜いたかなんて知りたくはないかもしれないが…。

 

「所有する」ことは本当に不自由?

 今や、VHSはDVDに取って代わられ、そのDVDはBlu-rayに取って代わられ、そしてそのBlu-rayも今やNetflixアマゾンプライム・ビデオといったVOD(ビデオ・オン・デマンド)サービスに取って代わられつつある。もはや物理的な所有自体が、過去の遺物なのかもしれない。

 物理的な所有から開放され、ぼくらは自由になった。部屋も広くなった。

 しかし、それは本当に自由なのか? と映画は最後に問いかける。

 VODはお手軽であるが、供給サイドが「自粛」してしまえば、ぼくらは永遠にコンテンツを観られなくなる。そのことをここ最近なんども思い知らされているのは、ぼくら日本のユーザーではないか。

 また、VHSでしか観られない作品もいまだにあるという。本作では2014年当時起きていた“VHS復古ムーヴメント”ともいえるカルチャーにも言及している。まあ、それと同じぐらい「アホか、あんなの終わったメディアだよ」と切り捨てるドライな人も出てくるのだが…。

 

最後に個人的な思い出を

 本作を観ていると、自然と自分自身のVHSにまつわる体験を思い出してしまう。

 1985年生まれのぼくも、VHSに慣れ親しんだ世代だ。生前の父は映画が好きで、毎週末ツタヤ(今のロゴになる前の気持ち悪いロゴのツタヤ)でレンタルビデオを2~3本借りてきては、一緒に観たものである。

 本作のタイトルで思い出したが、返却時には必ず巻き戻してほしいと店側に念押しされていた。当時はめんどくさかったが、今ではいい思い出である。

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 また、VHSは再生メディアとしてだけでなく、録画メディアとしても大いにお世話になった。

 中高生のころは格闘技に凝り、「K‐1」「PRIDE」のテレビ中継の録画を人生の至上命令かのごとく欠かさずにいた。録画は画質を損なわないように「標準」だ。

 毎週のレギュラーでは『めちゃ×2イケてるッ! 』(フジテレビ)、『ダウンタウンガキの使いやあらへんで』(日本テレビ)も必ず録画していたが、これらはキリがないので、断腸の思いで「3倍速」にして6時間録っていた。

 また、録画からCMを排除することを「美学」とし、録画しているのに必ずリアルタイム視聴が鉄則。CMのたびに「一時停止」を押し、「CMカット」機能があるデッキが羨ましかった。今考えれば徒労以外の何物でもない、涙ぐましい努力をしていた。

 1本のテープを録りおえたら、誤って重ね録りしないように爪を折る。ビデオテープに必ず付属するラベルのシールにタイトルを手書きし、コレクションの完成だ。
 ぼくが多感な時期が終わるとともに、再生機、録画機の順番でVHSはその座をDVDに取って代わられた。もしかしたらぼくは、VHSに思い入れがある最後の世代に近いのかもしれない。

 

 鑑賞しながら、そんな風に個人的な思い出もぶり返してきた本作。

 最大の皮肉は、そんなVHSに関する作品をVODで鑑賞してしまったことで、それだけはちょっと後ろめたい気持ちになった。