これは地球から遠く離れた、地球ととてもよく似た惑星の話。
場所は、惑星の各国首脳が集結したミサイル発射基地だった。首脳陣が緊張した表情で腰掛けていたそのとき、コンコンと部屋をノックする音がして、何人もの事務官が会議室になだれ込んできた。
「そんなに慌ててどうしたのだ」首脳の一人が騒ぎを諌める。
事務官の一人が滝のような汗を流しながらこう言った。「まことに不測の事態と言いますか、困ったことが起きまして…。大変申し上げにくいのですが、予定していたミサイル発射、このままではできません…」。
その数ヵ月前、惑星に巨大隕石が接近していると判明した。惑星に衝突すれば、大半の住民が死滅する試算で、惑星は大混乱におちいった。
ただちに迎撃するためのミサイルの製造を始めなければならない。しかも隕石の大きさからして、必要なのは全長10kmにも及ぶ超巨大ミサイルだ。一国だけではどうにもならず、惑星全土が協力しなければ作れない代物だ。
しかし、そのころ惑星の各国は憎しみ合っていた。食料問題に財政問題、領土問題、ありとあらゆる問題が噴出し、お互いが自分の要求を譲らず、にらみ合いの状態。とても協力してミサイルを作るような状況ではなかった。
そのとき立ち上がったのが、惑星一の人気女優エリーカだった。エリーカのキャリアは数々の名作に彩られ、数々の賞も受賞し、演技は天下一品だ。
女優としての才覚だけではない。彼女は他者を慈しむ優しさにも溢れ、私財を投げ売ってまで社会問題の解決に心血を注いでいた。
そんなエリーカは、各国首脳陣が列席する会議に登場すると、一世一代の名スピーチをし、首脳らに訴えた。
「自分たちの利益ばかりを考えて憎み合っていてどうするのです。今こそ団結し、この惑星の危機を乗り越えるときです」
彼女のスピーチに胸を打たれた各国首脳は、それまでの振る舞いを反省し、一致団結して超巨大ミサイルの製造にとりかかった。
「ミサイルは昨日完成したと聞いている。今は一刻を争っているのだ。なぜ発射できんのだ」首脳の一人がイラ立ち、机を拳でドンと打ち鳴らす。
その剣幕にヒィ! と悲鳴をあげならも、一人の事務官が言いにくそうに「エリーカさんが、今朝逮捕されてしまったのです…」と切り出した。
エリーカの薬物疑惑は数年前からささやかれていた。
各国の機関も数年前からそのことは感知していたが、世間への影響、そして彼女のこれまでの社会的、文化的な貢献度を鑑み、見て見ぬ振りをするつもりだった。
ところがミサイル発射予定の朝、エリーカがある国の都市の路上で全裸のままうたた寝しているのが見つかった。ドラッグパーティーの帰りらしかった。何も知らずに補導した下っ端の警官が不審に思い彼女の尿検査を実施し、結果は陽性。見て見ぬ振りができなくなってしまったのだ。
人気女優の逮捕はただちに報じられ、惑星の全土に衝撃を与えた。
首脳たちもロケット製造のきっかけ作ったエリーカの逮捕を知り、あ然とする中、その中の一人が「だからといって、ミサイルが射てないことにはならんだろう」と鼻を鳴らす。
事務官は「エリーカさんの逮捕の影響は甚大なのです。予定されていた超大作の出演映画は公開中止がすでに決まりました。また全世界で100社と契約していたCMの違約金も膨大になる予定です。それに…」説明の途中で事務官が見上げた先には、発射を静かに待ち続ける超巨大ミサイルがあった。
そしてその機体には、エリーカの顔が描かれていた。
さかのぼること1ヵ月前、超巨大ミサイルの製造が佳境を迎えたころ、惑星の市民の間である案が浮上していた。惑星を救ったスピーチを讃え、ミサイルの機体にエリーカのポートレートを描こう、というのだ。
エリーカ自身は「お気持ちだけ結構です」と固辞したが、世論の後押しは想像以上で、首脳陣も実現に向けて奔走。エリーカが折れる形で、ミサイルの機体に彼女のほほ笑みが描かれたのだった。
「エリーカさんが逮捕されてしまった以上、エリーカさんが描かれたこのミサイルも、コンプライアンス上好ましくないことになりまして…」と事務官。
超巨大ミサイルの建築費は各国の予算だけではまかないきれず、世界的な大企業の数々がスポンサーに名を連ねていた。また技術的にも多くの企業に頼っている。
エリーカ逮捕を受け、関係各社はすぐに法務部を招集し、協議の結果「スポンサーとして、犯罪者が描かれたミサイルの発射は認められない」と、断固反対の立場に立っているという。
「エリーカさんのポートレートは、遠くからでもはっきり見えるようにミサイル全体に描かれておりまして、全長9kmに及びます。すべてを塗りつぶすころには、とっくの昔に隕石が激突してしまうのです」事務官はもはや半泣きの状態で訴える。
「なんということだ…。惑星の命運がかかっているこんなときに…」首脳たちが頭を抱え、苦悩に満ちた表情をしている中、その遥か頭上で、超巨大ミサイルに描かれたエリーカだけは、太陽のようなほほ笑みを絶やさずにいた。