いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

【書評】神秘の魔物ダイオウイカに迫るリアル「パシフィック・リム」/ドキュメント 深海の超巨大イカを追え!

今年1月に大反響を呼んだNHKスペシャル「世界初撮影!深海の超巨大イカ」。
この番組で、人類は初めて深海を優雅に泳ぐ生きたダイオウイカを目撃したわけだが、人類史上初というだけあってなにも「え、どこ住み?写メ見せてよ」と送ってイカに「いいお^q^」と応じてもらえたわけではもちろんない。

ドキュメント 深海の超巨大イカを追え! (光文社新書)

ドキュメント 深海の超巨大イカを追え! (光文社新書)

本書はダイオウイカ撮影が企画され、それが実現するまでの10年もの歳月を追ったドキュメンタリ。10年でやっと26分の撮影に成功したわけであるから、本書でも実際にダイオウイカに出会ったシーンなど、おそらく50ページないだろう。

裏を返せば、約260ページかけて描かれるのはダイオウイカを撮影するまでに海の上で繰り返されたトライ&エラーの連続であり、本書はつまり「失敗の記録」である。この点ダイオウイカにしか興味ないという人には、退屈なページも多いかもしれない。カメラがどうとか疑似餌がどうとか潜水艇がどうとか、一部図解は差し込まれるがいまいちピンとこないのも確か。

その一方本書を読んで改めて感じるのは、NHKがクリエイターにとって魅力ある組織だ、ということだ。このような途方もない企画にGOサインが出せるのは受信料という収益構造がもつ強みであり、これほどまでに採算度返しのギャンブル的な企画は民放ではできないだろう。民放の作り手たちがNHKを羨ましがる発言をするのもよくわかる。


しかしそんなNHKでさえ、成果がなかなか上がらないことには難色をしめし、とうとう企画自体がとん挫しかける。ダイオウイカ撮影クルーはの会社での立場は悪くなり、追い詰められていく。

それでも彼らがダイオウイカをあきらめられなかったのは、その「悪女性」によるのだろう。実は10年の間、ダイオウイカは何度か彼らに手がかりを残している。まるでそれは、男を翻弄する悪女の媚態のように、スタッフを深みにいざなっていく。そして寸前のところで交わして暗闇に去っていくのである。


もうここまでかと思ったとき、彼らのもとに海外のダイオウイカ研究のエキスパートたちが集結するというアツい展開が待っている。そこからさきは、同じ太平洋で繰り広げられたもう一つの「パシフィック・リム」である。

いざダイオウイカ撮影へ。早くしなければ異次元への扉、ではなくNHKスタッフの左遷の扉が開いてしまう!カイジュウもといダイオウイカの捜索に、米やニュージーランドの探査チームがみな独自のイェーガー、もとい潜水艇を駆ってもぐる。各国がまったく別々の作戦を企てているのがおもしろい。難航する撮影に仲間割れを経験しながらも、彼らがついに迎えた最終局面は、実際に本を手に取って確認してもらいたい。


「世界初撮影!深海の超巨大イカ」という番組名をみた時から、一連のプロジェクトにはどこか「懐かしい匂い」がした。正確にはそれは「昭和」の匂いである。実は、このダイオウイカを取り巻く雰囲気は、たとえるなら大阪万博で「月の石」をみるために人々が長蛇の列をなしていた、あのころを彷彿とさせる(もちろんぼくは生まれていないのだが)。そういう意味で深海は今でも、地球のたった3/10しか知らないくせに我が物顔でのさばる人類の鼻をへし折るフロンティアであり続けているのだ。