いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

前田智徳と石井一久の引退会見

27日に広島カープ前田智徳が今季限りでの引退を表明した。
いつかは訪れるだろうと思っていたけど、いざ現実になってみると信じられないということがあるが、前田の引退はぼくにとってまさにそれで、広島のAクラス=CS進出と同じくらい現実味がなく、いまだに感情がついてきていない。変な感じだ。
物心ついたときから広島で中軸を張っていた前田は、それぐらいぼくにとって「プロ野球にいて当たり前」の人だったのだ。

また、つい4日前にはヤクルトや米ドジャースで活躍し現・西武の石井一久も、引退を表明している。この人も、90年代プロ野球になくてはならない存在で、前田ほどではないが彼の引退にも衝撃を受けた。


で、この2人の引退会見が、ともに味があってよかった。
まず、石井。現役中でもっとも誇れる記録は?と聞かれ、彼は奪三振でも勝ち星でもなく、こう答えている。

 いろんな友だちを作れたことですね。ヤクルト、西武ともに素晴らしい選手ばかりで、向上心を持っている選手ばかりです。そういう人たちと楽しくやれて、知り合いになれたことが思い出だし、宝物です。

石井一久が引退表明 吉本興業の契約社員に=誇れる記録は「いろんな友達をつくれた事」 - スポーツナビ

ありふれたことなんだけど、なんて素敵な答えなんだ、と思う。そうだよね、それが何よりもいいことじゃないか、と思えてくる。普通ならなにきれいごといってんだとなるけど、彼の口からなら素直に聞けるのは、人柄によるのだろう。「友だちを作れた」という表現も、ちょっと幼いけど彼のキャラに合っている。
西武の岸や菊池といった後輩にも、成績的な期待ではなくて「ケガはしてほしくない。仲のいい仲間なので、ケガをして苦しんでいる姿は見たくない」「基本のところで、丈夫な体でずっといてほしい」と優しい言葉を投げている。
前から思っていたけど、この人は野球界という狭いくくりより、もっと大きな視点からものごとをとらえているんだろうなーと思う。これまでも、そしてこれからも。

けど、その「余裕」は、彼が野球に関して天才だったからじゃないかと思えてくる。一方で、日米通算200勝に届きそうだったことには「まったく興味ない」と言ってのける。たぶん、この人には自分が天才だっていう確信があったんじゃないだろうか。本当の天才は、自分が天才であることを数字で証明する必要などないのだ。なぜなら、自分が自覚しているから。冷酷なまでのその自覚が、彼の余裕を形づくっているのかもしれない。


続いて前田。彼は引退後についてこう語っている。

ユニホームを脱いで、評論家として野球を勉強して、もっともっと…。もちろん自分を磨いていきたいですし、野球をまた勉強しながら自分自身を磨いていきたいと思います
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130927-00000046-dal-base

この言葉はなんども読み返してしまった。
石井と対照的に、前田には偏屈なまでに野球へ執着しているというイメージがある。メディアも「天才」だとか「求道者」だとか「侍」だとか煽るものだから、ここ数年は他球団ファンから半ば呆れられていたような節もあるけれど、この発言から、そういうパブリックイメージも当たらずとも遠からずだったんじゃないかという気がする。

もうあんた散々野球を勉強しただろ!知り尽くしてるだろ!と言いたくなる。けど、彼自身はまだまだだと思っているのだと思う。よく、どんな鋭い打球を飛ばしても前田が1塁ベース上で苦虫をかみつぶしたような顔で首をかしげることがネタにされていた。あのときヒットに歓声をあげていた我々ファンと、自分自身の中にしかない感覚上の誤差に納得がいっていない前田の間には、かすかな、でも絶対的な温度差があった。そして今も、この人はやっぱり「孤高」なんだと思う。


彼の引退の直接の原因となったのは、ヤクルト・江村に受けた死球だ。わざとでないにせよ、やっぱり、まぁあの死球に対しては恨めしいところはある。けれど、それならばぼくは18年前に断裂した前田の右足のアキレス腱に文句をいいたい。なぜあそこで切れたんだ、と。
前田については「ケガさえなければ」と言われ続けてきた。金本も昨日、ケガさえなければ前田が間違いなく3000本安打を打ち、通算打率も歴代トップ3に入っていたと思うと談話を発表した。
近くでみていた元同僚おして、こんなバカげた数字を言わしめるほど、前田には現実味があったわけだ。それくらい、彼はロマンある選手だったわけだ。
けれど、ファンが選手にみるロマンは残酷だ。ケガしたあとでも死にたえず、いやケガしたあとはなおいっそう生き生きと、彼にプレッシャーをかけてくる。たとえ2000本打っても、通算3割にのせても、そんな上出来な数字を残しても、ロマンは満足しない。

ぼくらファンがロマンをとおして彼をどれだけ苦しめてきたかはわからないけれど、現役を退くことでとりあえず、少しはその重荷も軽減するんじゃないだろうか。


2人の引退会見とそこから見える彼らの輪郭は先述したようにとても対照的で、でもどちらがいいとか悪いとかでなくて、どちらもいい。
なにはともあれ、長い間お疲れ様でした、といいたい。