いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

鬼才だって仕事は不安と心配でいっぱい!映画『マイ・ライフ・ディレクテッド・バイ・ニコラス・ウィンディング・レフン』

在宅勤務がもう2ヵ月以上続いており、働いているのか働いてないんだか分からないような感覚になってきたのだが、今回紹介する『マイ・ライフ・ディレクテッド・バイ・ニコラス・ウィンディング・レフン』は、仕事について考えさせられる一作だ。

 

映画『ドライヴ』という大傑作を撮ったデンマークの鬼才ニコラス・ウィンディング・レフンが、その次に撮った『オンリー・ゴッド』の撮影過程を追ったドキュメンタリー。

ドライヴ(字幕版)

ドライヴ(字幕版)

  • 発売日: 2015/02/16
  • メディア: Prime Video
 

 

撮っているのはレフンの奥さん リブ・コーフィックセンさん。タイトルは、カタカナで書くとひたすら読みにくいが、直訳すると「ニコラス・ウィンディング・レフンディレクションされる私の人生」。「私の人生」とはおそらく、リヴさんのことなのだろう。

ディレクトには「監督する」のほかに、管理する、指図する、命令するといった意味がある。『オンリー・ゴッド』はバンコクで撮られた。リヴさんは子ども共々デンマークからバンコクまでレフンについて来たのだが、そのように夫の仕事に自分の人生を「ディレクト」されることへの奥さんの不満が、劇中でもぶつけられている。

 

さて、『オンリー・ゴッド』の撮影過程を追った、とは書いたが、これは単なるメイキングではない。メイキングと呼べる場面は少ない。本作の多くを占めるのは、リヴさんが撮る「レフンの素顔」だ。

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ときに耽美で難解な作風と、インテリジェンスな見た目からして、一見気難しい人なのかと思えるレフンさん。しかし本作をみると、「ありふれた二児のお父ちゃん」であることが分かる。短パン、寝癖丸出しの状態でだらしなくベッドに寝そべる姿など、素の姿にどこか安心させられる。

 

メイキングではないと先述したが、本作の大部分を占めるのは、レフンの仕事への不安、愚痴である。

そりゃそうだ。大傑作『ドライヴ』の次に撮る作品なのである。世界が注目し、期待する。そのプレッシャーにさいなまれるレフン。冒頭から「『ドライヴ』ほどは売れないだろう」「成功するか不安だ」とかなり弱気である。

 

見ていると、ひたすら不安、心配、不安、心配と、繰り返し口にする。

ときに、「うまく行かないかもしれない」と言ったところで、リヴさんがさり気なく「分かる」と相づちを打ったところ、「うまく行かないと思ってるのか!?」と半ギレになって噛み付いてくる。

 

め、めんどくせえ夫。これが『ドライヴ』の呪縛なのか。相当ナーバスになっているのが分かる。

 

でも、現場では絶対にそういう素振りは見せない。わけを聞くと、「不安や疑問を見せるわけにはいかないだろ。みんなが不安がる」。監督は虚勢を張らなければならないものなのか。逆に言えば、本作で見せるレフンの素顔は、唯一ベッドルームを共にする妻だから撮れた貴重なものと言えるかもしれない。

終いには、いつも不機嫌な夫に奥さんが逆ギレ。カメラを回しながら、突然夫婦げんかがぼっ発するなど、ほぼプライベートフィルムである。

 

撮影が始まってからもしばらくはナーバスなレフンさん。

ところが転機が訪れる。編集に入って、「え、なんか、思ってたよりいいかも…」という感覚になってきたのか、最後の方では「『ドライヴ』よりもいい。思わない?」とアツい掌返し。ここでも、奥さんの言葉尻が気に食わなかったのか、少し突っかかるめんどくささを発揮。かと思えば、「6ヵ月(撮影期間)を無駄にしてしまった」と突然急降下。このあたりの躁鬱ぶりがやばい。

 

オンリー・ゴッド』はカンヌ映画に出品され、レフンさんと共に奥さん、子どもたちも来仏。本作ではそのときの模様までを収めている。カンヌでの試写会を終えたら、今度は何も言わないでも、満足げなのが分かるレフンのニヤケっぷりである。最後はデンマークの自宅。「新たな冒険に出ないと」と、次回作を撮る気満々のレフンの穏やかな表情で幕を閉じる。

 

本作、『オンリー・ゴッド』を見ているだけで興味深いし、家庭のあり方だとか、いろいろな論点があるのだが、ぼくが一番おもしろかったのは仕事という観点だ。

別に、自分がレフンのような偉大な映画監督に並び称されるような逸材だとは思わないし、彼のような偉大な仕事をしているとも思わない。

けれど、一般論として、仕事って手を付けるまではめんどくさくて、不安で、心配で、そういったひたすら楽しくない感情だけに苛まれている、ということは共通すると思うのである。逆に言えば、「映画監督のようなクリエイティブで自由な仕事であっても、やり遂げるまでは不安で心配で憂うつなんだから、おまえのやってるクソみたいな仕事がそうでないわけないだろ」という悲しい結論も導き出せるのだが。

「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ではないが、すべて終わって見たら、どうってことない。むしろその出来に満足して、またやろうと思う自分がいる。

 

レフンについて、興味深いのは、カンヌのホテルのベッドでくつろぎながら、『オンリー・ゴッド』についての辛辣な評を読み上げるシーンだ。中には誹謗中傷に近いような内容もあるが、それも平気な顔をして声に出して読み上げている。撮っている最中まではあれだけ、期待されるのが怖いと言っていたのに。

仕事が不安で心配なのは、結果に対するプレッシャーではない。それは言い訳にすぎない。仕事は本源的に、不安や心配のタネであって、それを解消するのは「やりとげる」しかないのではないだろうか。

ただ、その過程での感情の起伏に振り回される周囲の人(本作における撮影者=奥さん)はたまったものではないだろうが。

 

なお、本作を観ていると間違いなく観たくなる『オンリー・ゴッド』もアマプラに入っているので、是非確認してもらいたい。

オンリー・ゴッド(字幕版)

オンリー・ゴッド(字幕版)

  • 発売日: 2014/05/14
  • メディア: Prime Video