いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

【書評】アズミ・ハルコは行方不明/山内マリコ

アズミ・ハルコは行方不明

アズミ・ハルコは行方不明

『ここは退屈迎えにきて』で話題になった山内マリコの書き下ろしによる小説第2作。
前作と同じく、TSUTAYAしまむらバーミヤンといった日本全国どこにでもあるチェーン店の中に埋もれた匿名的な地方の町と、そこに取り残された若者たちが主人公だ。

 同級生はみんなここが好きだ。地元サイコーと恥も外聞もなく言い合って、ネットもせず、実家暮らしに満ち足りている。車選びで個性を表現、休日はショッピングモールに集合。そんで時間が空いたらなにしていいかわらなくてパチンコ。
p.29


「なにしていいかわからなくてパチンコ」という表現が素晴らしい。パチンコと同じノリで、作中では男と女が出会うと度々「なにしていいかわからないからセックス」という形になってしまう。
本作で描かれるそうした性に、心からわかりあえるような希望の余白はない。男と女の間には徹底的な無理解と、すれ違いしかない。本作が描くのは、居場所がない町の中で、それでも男と手と手を取りあうことはできず、裏切られていく女の悲哀だ。
だが、その深刻さは表面上は感じさせない。前作と同様、今日的な風俗、今日的なノリがちりばめられ、「いまの若者」に向けて語られていることがわかる。


最初に登場するのは、元売れないキャバ嬢の愛菜と、名古屋の大学を中退して地元に戻ってきたユキオ、やりたいことが見つからない学の3人。
ユキオと学の2人が、実在するドキュメンタリー映画『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』の衝撃にヤラれ、見よう見まねでグラフィティアートを始めることになる。
作品を町にばらまき、それがネット上で噂になっていく過程で、2人は無上の喜びを得ることになる。そこに愛菜が半ば強引に首を突っ込んできて、3人の幸福な日々が訪れたかと思いきや、そこでも「男女3人」ではなく、あくまでも「男2人と女1人」なのだという、愛菜も気づかない断絶がある。


話はそれるが、ユキオが『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』の名を口にしたとき、正直言うとぼくは「嫌な感じ」がした。というのも、同作はぼくも好きだからだ。
この気持ちはわかってもらえるだろうか? それまで自分がバカにしていた相手に、自分がいいと思うものをいいと言われたときの気分。
だがそれは、「好きなものがその人のヒエラルキーを決める」というサブカルクソ野郎にありがちな価値観であり、唾棄すべきものだ。
好きな作品を好きと思う気持ち、そして、好きな作品に出会ったときに無性に湧いてくる「何か作りたい!」という欲求は、何物にも代え難い、また、誰もが平等にもっていいものだからだ。


閑話休題
見よう見まねでグラフィティアートを作り始めたユキオと学がたどり着いたのは、「アズミ・ハルコ」という尋ね人のポスターのサンプリングだ。

だが、「アズミ・ハルコ」は男2人に都合よく弄ばれるただの「空虚な中心」として描かれるわけではない。

「空虚な中心」とは、いわば「存在しないことで物語を成立させる穴ぼこ」のことだ。『ゴドーを待ちながら』のゴドーや、『桐島、部活やめるってよ』の桐島がそれに当たる。
一見、「アズミ・ハルコ」はそうした「存在しない存在」の一系列に勘ぐれるが、作品をとおして女性を応援したいという著者は、第2部で「アズミ・ハルコ」を安曇春子という血の通った存在として実体化させることも忘れない。
そして、安曇春子の失踪の発端にも、わかり合えるような予感がした相手にとって、自分が誰とでも代替可能な存在だったことを思い知らされた辛い過去がある。
むしろ、本作でいう「空虚な中心」とは、幻のような扱いとしてストーリーの要所に登場する、「少女ギャング団」なる存在ではないだろうか? 彼女らは、いわゆる「JK」として男にもっとも価値があるとされる存在であり、なおかつ強く、自分たちを価値づける当の男たちを夜な夜なボコボコにして回る。
最も男に欲されながら、なおかつ最も男を拒絶する。それは、本作を経た女性たちにとって、ある意味「最強の理想」ではないか?


アートをとおした男たちの功名心が地方という現実の前にみごとに木っ端みじんになる一方で、本作は、一時期フェミニズムが提唱していた「親密圏」的なものへのかすかな期待を込めて幕を閉じる。
本作について「ソウルメイト」という言葉をネットで目にした。そう、たしかに結末は「ソウルメイト」だ。
けれど疑り深いぼくは、そうした「無限にわかり合える相手」という存在を想定することを、危険だと思ってしまうのだが、どうだろう。それは、読者自身が確かめてもらいたい。


↓↓↓この本について語ったUstream↓↓↓
http://www.ustream.tv/recorded/52101535


ちなみに、寂れた地方を舞台に「女に裏切られる男」を描いた作品としてはこちら。

悪人(上) (朝日文庫)

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映画も傑作だった。

悪人 スペシャル・エディション(2枚組) [DVD]

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