いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

【書評】抜群のストーリーテリングで描くW不倫「あなたのことはそれほど」

あなたのことはそれほど 1 (Feelコミックス)

あなたのことはそれほど 1 (Feelコミックス)

結婚に関する話題では、しばしば「結婚と恋愛は別」という文言を聞く。この言葉が意味するのは、本来は「結婚は恋愛とはちがうため、相手選びには注意せよ」という警告だ。
けれど、世の中にはこれを「結婚と恋愛は別腹」と読み替えてしまう困った人がいて、そういう人が不倫に走ってしまう。

いくえみ綾の漫画『あなたのことはそれほど』は、W不倫をめぐる夫婦2組の物語。
まずこのタイトル、「それほど」の曖昧さを最大限に生かしたタイトルがいい。「あなたのことはそれほど好き」なのか、「あなたのことはそれほど好きではない」のか。「それほど」が英語でいうところの「as much as I said」と「very much」のどちらにも意味が取れる。そしてその二面性が、この漫画のキモだ。


ヒロインの三好美都は、ひょんなきっかけで子どものころの「運命の人」である有島光軌と再会する。これを逃さでおくべきかと彼と一夜をともにしてしまうが、このスピード感は評価したい。男女問題の多くは、ボーイ・ミーツ・ガールまでではなく「ミーツ後」なのだから。この後、二人ともが既婚であることが示されるが、このあたりの話の持って行き方は圧巻の一言。


体は許しても心根までは許さない光軌の中では、不倫相手の美都に対し、妻と家庭が絶対的に優越している。一方美都は惚れた弱みがある分、光軌が言動でかすかに示す拒絶に敏感に反応し、オフサイドラインギリギリのところで踏みとどまる。うーむ、この女の執念。
相手の結婚と妻の妊娠を知ると同時に、美都の側も(結婚を望んでいる重たい独身女だと思われないために)既婚者だという事実のカードを即座に切ってくるあたり、すげーリアル。


美都にとって光軌が「それほど好き」な男であれば、夫の渡辺涼太は「それほど好きではない」男だ。光軌ほど男性としての魅力をもたない涼太は、美都にとって「2番目に好きな人」でしかない。

美都との仲は少なくとも物語当初は良好だが、愛情は涼太の側からの一方通行で、そのことに涼太本人も薄々気づいている。それでも美都との夫婦関係を守ろうとするその姿が、痛々しいし、なんだか怖い。
美都はどこかで、不倫を涼太に罰してほしい、あるいは罰せられても文句はいえないと思っているけれど、涼太は罰してくれない。なぜなのか。
涼太の役回りは「現代版・岩清水弘」なのだと思う。岩清水は梶原一騎『愛と誠』で、主人公・太賀誠のライバルにして、ヒロインの早乙女愛に無償の愛を捧げる優等生だ。

涼太は「君のためなら死ねる」と発する岩清水ような熱血漢ではないが、やんわりと、けど頑にぬくい愛情を美都へ注ぎつづける彼の姿は、現代版にブラッシュアップされた「無償の愛」といえる。
光軌の伴侶である麗華も、目が離せない存在だ。「麗華」という名にそぐわない容姿の彼女が光軌を射止めたという事実もさることながら、彼女が夫との絆のなによりもの証である子宝にめぐまれたことが、ヒロインの美都をさらに不倫へと掻き立てる。


とにかく、主要登場人物の4人全員が濃い。
――最愛で、この先もずっと一緒にいたい男が不倫相手だった、という迷宮。
2巻まででこの後も連載は続くが、この後も是非ともフォローしておきたい漫画といえる。


※10月26日付け追記
きょう午後8時からの今月の鼎談は、この漫画をやります。是非お誘い合わせの上、
http://www.ustream.tv/channel/atsushi-s-broadcasting

見に来てくださーい。