いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

【映画評】バンクシー・ダズ・ニューヨーク


世界的に有名ながらその正体は謎に包まれた英国のグラフィティアーティスト、バンクシーを追ったドキュメンタリーです。

バンクシーは2013年、突如としてニューヨークでの1ヶ月にわたる「個展」を開催しました。毎日、インスタグラムにNYのどこかで描いた自身の作品を投稿し、ファンたちはそれを血眼になって探し回るのです。バンクシーの作品がみつかるや、そこにはすぐに黒山の人だかりが生まれ、人々は狂ったようにシャッターを押しまくる。本作は、バンクシーをめぐる1ヶ月の狂騒曲を、多角的な視点からとらえようとします。


グラフィティアートはそれ自体、「アートとはなにか」というひとつの批評だと言えます。言ってしまえばそれはただの落書きですし、もっと言えばその多くは無断で人様のものに描かれているのですから軽犯罪ですらある。けれど、バンクシーのように一度「アートワールド」からお墨付きをもらえられれば、ただの「落書き」が何億、何十億という価値をもってしまう途方もなさがあります。


実際、「アートワールド」の価値の外にいる人はいます。彼の絵の価値を知ってか知らずか、描かれた数時間後には元の壁の色に塗りつぶしてしまい、駆けつけたファンを唖然とさせてしまう場面があります。デュシャンの「泉」が代表的なように、アートはアートとして普遍的でなく、時と場合と人が決めるものなのです。

けれど、そこまでの論理的な展開は、バンクシー自身によるドキュメンタリー映画「イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ」と同じですし、本作はそこからそれほど進展ないように思えます。

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本作はそこからの展開というより、バンクシーがグラフィティアート発祥の地ニューヨークに凱旋した、という事実を伝える意味合いが強い気がしました。


観ていると、バンクシーのグルーピー(ようは追っかけ)があまりにも無邪気すぎてイライラしてきます。バンクシーがすごい人なのは重々承知ですが、あまりに無批判に彼をありがたがるその姿は軽蔑したくなってくる。また、本作は、バンクシー自身によるものでないぶん、彼に遠慮しているのか、「イグジット」ほど彼の作品への皮肉っぽさがない。

だから、途中でハイアートを崇拝する編集者が(映画雑誌のタイプで言うなら確実に「秘宝」ではなく「キネ旬」タイプ)が出てきて、グラフィティアートなんかアートじゃない! あんなのただの落書きだ!と罵るのですが、一見古臭く思える彼のほうが、本作においては一周回って新しくも思えてくる。

そういうことを考えていると、途中、面白い奴が出てきて、ファンが熱心に鑑賞するバンクシーのアートの横に、通り過ぎざまにスプレーでがーっと殴り書きで何かを書いて逃げる場面があります。当然、その場にいた追っかけたちは大ブーイングですが、ぼくはむしろ、「お前らそれも同じ落書きだぞ!ありがたがれよ!」なんて思ってしまう。

前述のように「イグジット」から取り立てて目新しい視点はありませんが、ニューヨークの面白い1ヶ月、そしてなによりバンクシーの新作の数々が観られる一作として、興味深かったです。それにしても、どうして毎日、彼は作品制作の現場を通行人にバレなかったのでしょう。それだけは、ただただすごいと言う他ありません。