- 作者: 「新潮45」編集部
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2009/10/28
- メディア: 文庫
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このルポが衝撃的なのは、何よりも、当時警察すら感知しておらず、首謀者が実社会で何食わぬ顔をして暮らしているという事件、それもとびきりの凶悪なそれを追っているということだ。
そしてもう一つには、取材者が手紙や面会で何度もアプローチし、事件についての手がかりを何度も授かることになる告発者の後藤自身が、涼しい顔で人を殺してきた殺人鬼だということもある。金のためなら人を生き埋めにすることも厭わない"先生"の残忍性と、弱者を目ざとく見つけてつけ込む悪魔的な狡知がよくわかるが、同時に、こうした"先生"へのある義憤をもつ後藤も、男女5人を殺傷した他、告発した当の事件で手を血に染めているのだ。読んでいると"先生"の邪悪さに気を取られがちだが、後藤も"先生"とはまた違った鬼畜であるということが思い返され、何度も我に返るという体験をする。
頼りなのは後藤の証言だけで、当然ながら、死刑を先延ばしするためについた真っ赤な噓の可能性だってありえる。取材者は、ターゲットとなる"先生"とともに、背後からこの残忍な告発者に寝首をかかれないように注意を払いながら、慎重に取材を進めていく。
印象的なのは、後藤の元内縁の妻が出てくる場面。取材者に、後藤が別件でも殺人に関わっていると聞かされても「エェッー、良ちゃん、埼玉でも人、殺してんの!?」「もっとやっていると思いますもん」(p.171)などと、あっけらかんとしている。さらには、自分も顔見知りだった男性の姿を見なくなった際も、「良ちゃん、また誰か殺したんだな。あのじじいが殺されたのかな」と思ったが驚かなかったと語っている。驚かなかったじゃねーよという話で、あまりにノリが軽すぎて、笑えてくる。
この女自体は犯罪に関与していないのだが、その口ぶり自体が、"先生"や後藤と同等もしくはそれ以上に、ぼく自身と隔絶した世界を生きている人間であることが、よく伝わる。
手探りによる気の遠くなるような取材は約8ヶ月におよぶ。最初は雲をつかむような話だった後藤の告発が、次第に形となり、徐々に信じるに足りる実体を有しはじめていく。そして雑誌への掲載直前、ついに"先生"の邸宅へ行き、直接対決する場面は手に汗握るものがある。"先生"との対決で何が起きるか、そしてそれ以降については、ぜひ自分の目で体験してもらいたい。