いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

被害者と加害者の対話 あらわになる信教者の素顔と矛盾『AGANAI 地下鉄サリン事件と私』

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26年前、日本の中枢でオウム真理教が引き起こした国内初のバイオテロ地下鉄サリン事件。本作は、この事件の被害者の1人で、猛毒サリンの後遺症に今も悩まされているさかはらあつし監督が、当時の教団幹部で後継団体の広報部長を務める荒木浩氏と対話を重ねるドキュメンタリー。

映画は、お互いの故郷や、2人の母校である京大とその周辺を散策しながら、事件、教団、幼少期について会話をめぐらせる、一種のロードムービーの様相を呈している。

 

ありえたはずの「友人」として

被害者と加害者(側)の対面なのだけれど、さかはら監督は決して荒木さんを真っ向から断罪しない。むしろ穏やかに、ひょうひょうとした関西弁で、荒木さんをリードして旅を進める姿が印象的だ。

映画では描かれていないが、荒木さんをこの企画に乗ってこさせるのは、たとえさかはらさんが「被害者」という立場を使ったとしても、困難があったはず。彼の属人的な魅力も、荒木さんが心を開くきっかけになったのではないだろうか。

一方、荒木さんも荒木さんで森達也監督の『A』のカメラが捉えていたころとは、かなり印象がちがう。マスコミや警察などと相まみえる外交部門の人間ということもあってか、『A』のころはもっと血気盛んで、喜怒哀楽はっきりしていた。しかし、今回は全体的に抑制的で、さかはら監督にも終始おだやかな口調で対応する印象。これが老成したということなのか、それとも20年超の年月で何か変化があったのか。

とくに序盤は、中年男性同士の穏やかな空気が続く。観ていると、この2人、もっと違う出会い方をしていたら本当の「友人」になれていたかもしれない、と悔やまれてくる。同じ京大卒だしね。

 

“矛盾”を抱えた信心者として

さかはら監督との対話の中で、徐々に荒木さんの心が解きほぐされていくのが分かる。特に、出家に際して縁を切った家族について、『A』のときにはひょうひょうと語っていた印象だが、今回は祖母の話をしているとき、ついに涙を流し始める。「人間荒木浩」の部分は、まだ十二分に残っているのだ。

 

そうだからこそ、麻原の話になったときに「教祖」と躊躇なく呼んでしまえる荒木さんに、一度寄り添いかけた観客は、彼に対して絶望的な断絶と信教というものの根深さを感じざるを得ない。

映画中、さかはら監督が幾分声を荒らげ、説教口調になるのは常にそこである。

事件を起こしたのが教団で、指示を出したのが麻原だということは確定している。それを荒木さんは悪いことだと理解し、さかはら監督を始めとする被害者にも申し訳ないと思っている。にもかかわらず、麻原を「教祖」と呼んではばからない。ほとんどそこ一点を、さかはら監督は責め続ける。

逆から言うと、これだけ断罪されてもなお、信心を持ち続けるということは、荒木さんの中でも信じ続けていくことへの覚悟がある、ということなのかもしれない。

考えてみれば、荒木さんは出家後、自分の知らないところでサリン事件を起こされ、起きた原因や理由も知らされることないまま、教団のスポークスマンとして矢面に立たされつづけてきた。誤解を恐れずにいえば、それは“原罪”(すでに自分の知らないところで起きてしまった罪)をかぶってなお、信心を持ち続けるという、もっとも信教的な信教のあり方のようにも思えてくる。

 

映画は、冒頭でデカデカと

思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

と、日本国憲法第19条を引用する。

そうだ、そうなのだ。たとえ凶悪な教団であろうと、実行犯でないかぎり、その信教の自由を何人も侵すことはできない。信じる対象を間違えたとしても、その信心そのものは否定されないことになっているのだ。

何人も侵害できない自由だということは、換言すれば、荒木さんの信教に対して、戦えるのは荒木さん自身だけということになる。

「被害者に贖わなければいけないはずなのに、教祖を崇め続ける」。荒木さんはこの話題になったとき、いつも顔が硬直する。自分の自己矛盾に対して苦しんでいることが、手にとるように分かる。これは、一人の男が自分自身と対決する途上を映し出した映像なのかもしれない。

2018年に麻原彰晃の死刑が執行され、彼の待望する答えは永遠の闇に葬られた。彼自身による彼の答えはいつかでるのだろうか。