いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

初めてナンパを見た、大学で

以前から僕は、「ナンパする男ははたして軟派なのか?」という疑問を持っていた。恋愛に対して奥手でがつがつしない草食系男子が持てはやされる時代である。そんな時代に道ばたですれちがった女の子が気に入ったからといって、はたして声をかけられるだろうか。僕なんてそんなの行動の選択肢にも入っていない。そんな時代でもなお、ナンパを断行する彼らナンパ男たちを、僕はある意味で尊敬するのだ。彼らは軟派なんかでは全然ない。一般的に呼ばれる男気のあふれる硬派な男たちとは別ルートなのだけど、その道を多少は下半身先行ぎみでずんずん突き進んでいる。実は彼らだって、まぎれもなく硬派な男たち、チャレンジャーなのだ。


そうはいいつつも僕は、生まれてこの方ナンパ男の繰り広げるそのナンパ現場に出くわしたことがなかった。しかし、今日幸運にも、初めてそのナンパの光景に出くわしたのだ。しかも大学で、しかも生協の書籍コーナーで。


はじめは意味がよくわからなかった。立ち読みしていた僕の隣で本を物色していたスレンダー系の、かわいいといえばかわいい女子学生。その横に、ふいに男子学生だと思われるのが来て、なにやらぼそぼそと彼女に話しかける始めたのだ。最初は知り合い同士なのかなと思ったら、女の子の方は「えっ?えっ?」と困惑しっぱなし。ああこれはナンパなんだと、そのときやっと僕は気づいた。


室内かよとかいろいろツッコミたいところがあったのだが(よくよく考えれば別に室内でも別にいいじゃんだが)、そうとなったら見物よぉと、持ち前の出刃が目根性に灯が付いた僕は、本棚の向かいに移動。

まず僕は、会話の導入部はどうするのだろうというのが気になった。すると、
男子学生(院生だと思われる)「いやぁ、ちょっときれいだなぁと思っちゃって…」
女子学生「ああ、…ははは(若干引き気味で)」


当然の帰結である。しかし男の方だって、これ以外の会話の導入の仕方なんてない。サークルや宗教の勧誘ではない、彼が彼女に声をかけたのはまぎれもなく「きれいだなぁと思っちゃっ」たから声をかけたくなったのだから。
さぁそこからどうする、というのが問題だ。で、当然ながらそこには本棚があり、本の話に流れ込むのが無難だ。これも当然の帰結。僕だって彼の立場ならそうするだろう。


男子学生「どういった本を読まれるんですか?」
女子学生「うーん、(少し考えてから)村上春樹、…とかですかねぇ」
男子学生「あ〜村上春樹!僕一冊読んで二度と読むか!って思いましたよ、がははははは(バカ笑い)」
女子学生「あぁ、はは…ははは…(乾いた笑い)」
(・・・・・・)


先方がわざわざ提出してくれた「村上春樹ネタ」(今新刊が売れてるし話題は豊富のはず)を、プラスチックボム並みのバカ笑いで木っ端みじんに破壊してしまったバカ正直な彼のキャラも憎めないところだが、僕がここと特筆したいのはナンパにおけるこの「沈黙」である。僕の主観では、緊張した彼らの小さな声の会話に比べれば、二人の間に流れた沈黙の方がよっぽど大きな「音量」だったのだ。


ナンパというものの苛酷さというのは、まさにここに集約される。以前に、メタコミュニケーションについて何回か書いたことがあるが、あの文脈でいくと、ナンパをする方とされる方を繋ぐ関係性の靱帯のというのは、蜘蛛の糸のように細くて脆く、そのメタコミュニケーションは虫の息のように脆弱なのだ。なにしろ、もしどちらかがそこに来るという選択をしていなければ、あるいはもしそこに訪れる時間が遅れていたならば、二人は出会わなかったと考えて不思議ではないのだから。二人の出会いに、必然性なんて何もないのだ。それほど希薄な関係性なのだから、二人の間に流れる沈黙は、関係の死にも値する。針のむしろだ。


男が聞くと建築学科所属だと答えた彼女(親切な人だ)に、彼はなんとか無い知識を絞って話を繋ごうとするが、なんと会話の間に挟まる(・・・)が多いことか。10分ぐらい、(彼の持っていきたい方へは)前進しない表層をすべるような会話が続き、それ自体も徐々に尻すぼみになっていく。そして沈黙の分量が会話を上回ったその時、女の子の発した「じゃああたし、これで…」という言葉で、そのナンパに終止符が打たれたのだ。男は「あぁ、すみません、じゃあ」と、力なく返すのが精一杯だったろう。それでもよくやったよ、お前。


今思えば、彼女の「じゃああたし、これで…」に、どれほどの意味が凝縮されていただろう。それは、10分間の会話の末に彼に下された彼女による判決なのだろうか。それともすでに結果は出ていて、この二人の会話は約10分のうちにあった他の無駄な部分すべてとっぱらって、「じゃああたし、これで…」と「あぁ、すみません、じゃあ」ですんでいたのかもしれないが、それは定かではない。ただ端的にいって、彼はフラたのだ。女をナンパしてそれに失敗したのだ。それ以上でもそれ以下でもない。


ナンパでフラれるというのは、告白してフラれるほどのダメージを受けるものなのだろうか。フラれたことはあるけどナンパはしたことのない僕にはわからない。ただ、女の子が去っていったあとしばらく、その場の本を開いてみては取り繕っていた彼が、彼女がいなくなった数分後、その場を後にしたその時、その顔には世の男性が本当の本当にへこんだときによくやるあの、「凍てついた笑顔」が刻まれていたということだけは、追記しておこう。
ナンパだろうと、やっぱへこむよなそりゃ。


ところで、初めてナンパを見た僕の感想はというと…、
少なくとも真っ昼間の大学でナンパなんてするもんじゃねーな、ということ。