いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

【映画評】マイレージ、マイライフ (原題 Up in the Air) ★★★★★

マイレージ、マイライフ [DVD]

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世のこじらせ系女子に絨毯爆撃を加えた『ヤング≒アダルト』を気に入り、その次に観た『JUNO』も悪くないということで観てしまったジェイソン・ライトマンの3作目。これがピンポイントでぼくに刺さってしまった。
世の中には誰が見ても大傑作だという名画もあるが、その一方で、たとえ誰にも相手にされなくてもオレだけは味方になる、オレだけは最後まで擁護するぞと思わせてしまう"オレの映画"が存在すると、聞いたことがある。断言しよう、まさにこれがぼくにとってのそれに当たる。ついに出会ってしまった(実際には、この作品はぼくより前に多くの人にすでに評価されてしまっている。それを「悔しい」と思えてしまうのも、「オレの映画」である証拠なのかもしれない……)。


全米を股にかけるビジネスマンのライアン(ジョージ・クルーニー)は「解雇通告人」。雇用主の代行で見ず知らずサラリーマンらにリストラを言い渡していく仕事だ。未だ独身で、自己完結した人生を送っている。人間関係が苦手なわけではないが、誰とも深くは付き合おうとせず、女性とも割り切った関係を求めている。彼のモットーは「バックパックの中に入りきらない人生の持ち物は背負わない」ことなのだ。

それを象徴するのは彼の仕事だ。全米中の企業に解雇を言い渡しにいく彼は、年間300日以上を自宅以外で過ごす。一応自宅もあるが、そこも生活臭の漂わない無味乾燥としたもので仮の宿でしかない。「どこかに留まる」という発想は、彼の生き方から最もかけ離れているのだ。普通の人には忙しなくみえる空港や、落ち着かないはずの空の旅こそが、彼にとって「我が家」だ。
彼が「解雇通告人」という一見シビアにみえる仕事をしているのも、ただ単に他人に対してドライだからではない。会社を解雇されること自体はネガティブなことであるがその一方で、それまで束縛されていた社会的な責任から自由になることをも意味する。彼は自分の仕事の本質を、クライアント企業の訴訟逃れである以上に、解雇され傷ついた魂を希望の見えるところまで連れていってやることなのだと、定義する。

過去に縛られなければ、未来のために自制するでもない。そんな彼がただ一つ、人知れず執着するのは、今まで6人しか達成していない1000万マイルというマイレージの数字だけだ。途方もない数字を達成するために、彼はあらゆる場所でマイレージカードをリーダーに通し続ける。


まずこのライアンの人物造詣に、ぼくはがっちりと心を掴まれてしまったのだ。なぜなら、"彼はぼく"だからだ。もちろん、彼がリッチなビジネスマンであるから、ぼくとは可処分所得に天と地ほどの差があるだろう。けれど、軸となっている価値観はそっくりとしか思えないのだ。享楽的に今が楽しければそれでいいし、結婚や子育てなどという所帯染みた「人生設計」は全て後回し。そんな「生活」から逃げ続ける無責任な男は、もしかするとぼくだけではないだろう。


ストーリーは、彼と3人の女性との関わりをとおして大きく舵を切ることになる。
彼は、旅先で出会う美しいキャリアウーマンのアレックス(ヴェラ・ファーミガ)と次第に仲を深めていく。もちろんそれは、お互い「割り切った関係」だ。そんな彼に混乱をもたらすのは、今風にいうと"意識の高い新入社員"のナタリー(アナ・ケンドリック)だ。ひょんなことから彼の仕事に同行することになる彼女は、ライアンの生き方に真っ向から怒りをぶつける。そして最後の1人は、長らく遭っていなかったライアンの妹で、結婚式を控えるジュリー。あまりに所帯じみていて、率直にいって「ダサい」彼女と彼女の夫の結婚が、ライアンに何をもたらすのか。その先で彼がどう変わっていくのかは、ぜひとも本作を観て味わって貰いたい。
ぼくのようにライアンに共感した人ほど、突きつけられるものの衝撃度は大きくなるだろう。


この独身貴族を演じたジョージ・クルーニーはもはや盤石なのだが、脇を固める共演者陣もよい。子犬のような可愛さと生意気さが同居するアナ・ケンドリックは新卒の新入社員を好演しているし、スマートでどこか影のある曖昧な存在の熟女アレックスも美しい。地味ではあるが、妹の旦那のジムもいい味を出していた。
また、DVD収録の監督らのコメンタリーによると、劇中ライアンにリストラを言い渡されるのは、かつて本物のリストラにあった経験のある人々だという。彼らに取材としてインタビューをし、気が散らないよう見えないところでカメラを回しながら、そのときの気持ちになって話してみてほしいと頼んだという。だからあれは一種のドキュメンタリでもある。それだけに、プロ顔負けの迫真の演技が決まっている。


そして何より、この映画全体に監督の手腕が凝縮されている。前半はライアンの旅支度をフラッシュカットでぱっぱっぱっと息もつかせぬ早さで見せていくシーンが象徴しているように、スタイリッシュで生活感を脱臭した撮り方をしている。けれど後半に移ると、今度は手持ちカメラによるドキュメンタリックで演者の体温が伝わってくるような撮り方に変わっていく。そのような細かい技巧も数えきれないほど仕組まれている。DVDで鑑賞するならコメンタリーも必聴だ。


映画の曖昧な幕のひき方を評価しないという人も中にはいるだろう。
「オレの映画」というぼくはどうかというと、言わずもがな。たぶん、人生のいろいろな局面で見返すたびに、あの終わり方がいろんな色彩を帯びてみえるんじゃないだろうかと、今から思っている。