いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

【書評】理想的なルームシェア像に隠されたホラーすぎる真相とは……吉田修一「パレード」が快作すぎる

ひょんなことから同居することになった四人の若者。大学生の良介、ニートの琴美、フリーターの未来に会社員の直樹。恋愛関係でないし、親友でもない4人は奇妙なバランスを取りながらルームシェアしている状態だったが、また一人若者が紛れ込んできた。一方その頃、近所で謎の連続婦女暴行事件が起こり始めていて……。

 

パレード (幻冬舎文庫)

パレード (幻冬舎文庫)

 

芥川賞作家吉田修一の『パレード』は、同じ2LDKの部屋で起こることを5人の異なる人物の視点から描き出す手法をとっている。この手法はのちに『悪人』でも使われ、同じ出来事を立場の違う複数の人の視点から描き、読者にとっての「悪人像」をぼかしていることに成功している。今にして思えばこの手法をもっとも効果的に、そして解説の川上弘美の表現を借りればもっとも「こわい」ものを描くことに成功しているのは、実はこの『パレード』の方だったかもしれない。

普段はあまり干渉しあわないが、いざという時は協力しあう--そんな若者が夢見がちな(都合のいい)めんどくさくないコミュニティーの理想像をこの本は描こうとしているように見える。少なくとも最後までは…。

最初、多くの読者は油断するだろう。この手法で描かれるのは、たぶんある視点人物だけが「知っていること」なのだ、と。その人だけの知っていた秘密が明かされ、我々読者につまらない日々の暮らしにちょっとした驚きを与えてくれるのだ、と。

だがそうではないのだ。事態はまったく逆で、この小説ではある人物だけが「知らなかったこと」こそが真相なのだ。ネタバレになるのでこれ以上はあまり語れないが、その真相がその視点人物に対して明かされたとき、世界は一気に不気味なものとなる。ある人物だけが知らなかったということは、周囲の人物が意図的に無視、あるいは黙殺していたことを意味する。

 

その黙殺そのものが川上いわく「こわい」ものの正体だ。この小説は「チャットみたい」なコミュニティーが反転したときに現れる、「付かず離れずの距離」「気軽さ」のもつ不気味さを描いた快作/怪作だ。