いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座、直毛によるブログ。今ここに、ポスト宮根誠司を目指すことを誓います。

大桃−麻木問題に見る、芸能マスコミを味方につけるための「筋の通った大人の対応」

http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=1220&f=entertainment_1220_053.shtml


一つのつぶやきから始まったこの一件、渦中の二人が相次いで会見を開いている。
この手の問題は当事者しか事の真相はわからないことであるし、どーでもいいと心の底では思っている。ただ一点、少し気になることがあった。


まず「不倫したことを暴露された側」の麻木氏による22日の会見↓


http://www.youtube.com/watch?v=d616sejINxw


次が昨日、24日に開かれた「不倫されたことを暴露した側」の大桃氏による会見↓


http://www.youtube.com/watch?v=C3s1oqvu_pk




ぜひ見比べてみてほしいのだけれど、ある明確なちがいが二人の会見にはある。ひとつは二人の表情。悲壮感漂う大桃の語調に対して、麻木のそれはあたかも表面上は平然を取り繕っているように見える「大人」の対応である。


もちろんそうした本人同士の違いもあるが、僕が一番気になったのは、彼女らの周りを取り囲む芸能レポーターたちの態度、雰囲気である。麻木を取り囲む記者たちの柔らかな物腰と語調はどちらかというと「麻木さんも大変な目にあったねー」という同情的なものにみえる。一方の大桃への態度はどうか。なにか、終始ギスギスした雰囲気ではないだろうか。彼女が会見の途中に声を詰まらせたのがそのせいとまでは言い切れないが、少なくとも麻木のときよりかどこか物々しい雰囲気が漂っている。


どうしてこうも、対応に差が出るのだろう。
推測できる理由の一つは、「不倫をした」ことよりも「不倫されたことを暴露した」ことの方が罪深いと、彼らが考えているということだ。確かに、その一点に関してはまずかったのではないかと思う向きもあるが、よく考えてもらいたいのは、「不倫されたことを暴露した」からといって、「不倫をした」という事実は消えないということで、まさに「それとこれとは別」になるはず。

でも、二人の会見を見比べると、どうも芸能レポーターにとってはそうではないらしい。





思うに、ここには件の「尖閣ビデオ」と同じ構造の問題が隠されているのではないだろうか。
マスメディアは、何者かによってYoutubeであの映像が公開された際、それを「流出」と表現して問題視した。しかし彼らが日ごろ使う「スクープ」と、彼らが問題視した「流出」の間に、明確な線引きはできるだろうか。実のところどちらも重要な情報であることには変わらず、そこにあるのはその情報が「マスメディアを通して公開されたかどうか」という彼らなりの都合に過ぎない。しかし、情報を売るマスコミという稼業にとっては、それが一番の大問題なのである。


実はこの流出/スクープと今回の芸能マスコミの「二枚舌」は、同根の問題なのではないだろうか。
つまり、彼ら芸能マスコミが麻木の「味方」につき大桃に対してはギスギスした雰囲気で対応しているのは、何も彼女が「不倫されたことを暴露したから」ではなく、彼女が「不倫されたことを“(自分たちの利益にはならない)ツイッター上で”暴露したから」ではないだろうか。もっとラディカルに言えば、芸能マスコミが味方につくのは事の善悪ではなく、「芸能マスコミ(自分たち)にいち早く情報を流してくれた人に対して」なのではないか、ということ。





経過で二人の行動を追ってみよう。
今回の一件の発端となった大桃の「つぶやき」は、彼らにとって自分たちの「利益になっていたはずの情報」である。しかしそれは、ネット上で無料で「公開」されてしまった。さらにその直後、彼女は「少し、遠くにいってきます」という言葉を残して一時姿をくらましてしまった。そのため、芸能マスコミからすれば「暴露のつぶやきについての証言」という次なる情報さえも、彼女からは聞けなくなってしまった。この点において、芸能レポーターにとっては大桃の対応は「最悪」だったということになる。


一方の麻木は、芸能マスコミにとってはまさに「筋が通った大人の対応」をしているのだ。
まずツイッター上ではその件に関してまったく触れなかった。沈黙を守りつづけ、この件で公に向けて最初に口を開いたのはレギュラーを務める昼の帯番組、冒頭で引用した記者会見はその直後に開かれたものだ。芸能マスコミを通して暴露した側の大桃よりいち早く、かつ、まだどこにも公開していない証言を発信したのだ。これこそが、芸能マスコミ的には「筋の通った大人の対応」になる。





近年、結婚報告も記者会見など開かずブログで済ませてしまう芸能人が増えている。そうした対応が増えることで、ただでさえ彼ら芸能マスコミは利益の一部を「損失」しているにもかかわらず、それに輪をかけて今回のツイッターを通しての「流出」騒動である。流出した本人に必要以上に高圧的な態度をとったのはそうした危機感の表れなのかもしれないと考えるのは、勘繰りすぎているだろうか。



ちなみに芸能マスコミを味方につける「筋の通った大人の対応」にはヴァリエーションがいくつかある。
例えばこれ。

かつて神にするものだったが、少なくとも現代の日本では「告白」や「贖罪」というのは芸能マスコミに向かって、芸能マスコミを通してするもののようである。そうすれば神、ならぬ芸能マスコミの庇護を受けることができる。


もっとも、そんな庇護いらねーよという人は別だけどねー。