フジテレビのドキュメンタリー番組「NONFIX」が22日深夜、加藤茶を特集する回を放送した。
概要はこんな感じ。
『加藤茶 噂の真相!密着100日!!』
ドリフターズの中心メンバーとして長年お笑い界を引っ張ってきた加藤茶さん(72歳)
最近巷で健康面を心配する声が広がり、ニュースでも取り上げられる事態に…
「カトちゃんは元気なの?」「奥さんとはどうなの?」
今カトちゃんについて知りたいことがいっぱい!番組では、加藤茶さんに密着。
家族で出かけた竹富島旅行や仕事の裏側に潜入します。
奥さんのお父さんとさし飲みで、思わずこぼした本音。
誹謗中傷を受けた奥さんが、今だから語れること。
今なお、ステージに立ち続ける情熱。
今の加藤茶さんの真実の姿を描きます。
昨年ぼくは、まさに「健康面の心配」をブログでとりあげた。
加藤茶の異変から考えるお笑い芸人の"引退"
それだけに、今回のドキュメンタリーにも注目していた。
番組は、加トちゃんと妻・綾菜さん、そして彼女の両親を交えた沖縄旅行を皮切りに、高木ブー、仲本工事とのライブの模様など、加トちゃんの現在の活動をとりあげていく内容だった。
まず最初に言いたいのは、加藤が、昨年6月にぼくが衝撃を受けた状態からはだいぶ復調してきていることだ。ハキハキ話し、言葉へのリアクションも72歳にしては早い。
主治医によると、昨年の例の状態は「胃薬の副作用」なのだそうだ。専門外なのでそんなもんなのかと思うしかないのだが、とにかく、加トちゃんがテレビに映せるような状態になったことだけで喜ばしいではないか。
これだけは、張本勲氏でないが昨年「引退勧告」したことを謝りたいと思った。
では、ドキュメンタリー全体として満足がいく内容だったかというと……なところもある。見終わった感想を一言でいうと、なんともいえないもやもや感である。
というのも、あたかも「加トちゃんと綾菜さんの間には、ネットで叩かれるような問題はありませんよ。円満ですよ」との結論ありきの予定調和にしか見えなかったからだ。引用した紹介文が予告しているように、なんともヌルい内容だった。
多くの人がTwitterで感想を述べているが、その中でもこの人の投稿には笑ってしまった。
加藤茶ドキュメントすごい。バードマンでありゴーンガールでありTVシリーズの放送禁止であり。観てる側に「でもまあ聞いてたよりは元気そう、、、」みたいなもやもやだけが伝わってくる。
— RAM RIDER (@RAM_RIDER) 2015, 4月 22
そうまさに、こんな感じ。
一応注釈しておくと、『放送禁止』シリーズとは奇しくも同じフジのフェイクドキュメンタリーだ。通常のドキュメンタリーのように毎回ある問題をとりあげるが、番組は最後に、視聴者が番組を通して見てきた「現実」とはまるで正反対の「真実」を付きつけるのだ。
その「真実」の怖さと、ドキュメンタリーの怖さを痛感させられる面白い番組である。好事家の間ではすでに有名だが、知らなかった人はぜひ、TSUTAYAなどで借りてみてほしい。
閑話休題。まさに『放送禁止』と同様で、加藤夫妻が仲睦まじく、実は何も問題ないのだよといいたげなのだけれど、そういう描写がなされればなされるほど「本当にそうなのか?」と疑ってかかりたくなる。
ここにドキュメンタリーの限界がある。
いくら「ありのまま」を映そうとしたところで、カメラがある時点で対象は「ありのまま」ではないのだ。加藤夫妻は冒頭から手をつないでいるが、これだってカメラがなかったらどうなのかはわからない。
そして視聴者は、番組で映されない「ありのまま」の"余白"を自らの想像でしか補えない。そのとき、対象に批判的な人は余白の部分を批判的に、肯定的な人は余白の部分を肯定的に想像する。これはしかたがないことである。
対象をどんなにオープンにしていったところで「裏がある」と思う人の考えは、覆せない。例えばそれは、あるお笑い芸人が反日的だとする主張に凝り固まった人が、いくら本人らが否定してもその主張を曲げないように。
ただ、それにしても、「真実の姿」を伝えるというなら、できるだけそれに肉薄できるような努力をしてもらいたいものだ。こんなことを言うのは憚れるが、今回の番組にはどうも、その気概が感じられなかったのだ。
残念だったことの一つは、対談相手が勝俣州和だったことだ。彼が話し相手だと、良くも悪くもどうしても話がマイルドになり、シリアスな方向にはいきにくい。
でもこれは勝俣本人の問題ではなく、起用したサイドの問題だ。勝俣を出したことに対して、番組はお茶を濁そうとしていたのではないか? この放送回は軽く流す気だったのではないか? と勘ぐってしまう。
加藤夫妻に対しての疑問を突くなら、他にも材料はある。たとえば、夫妻のブログによく登場することで知られるノンプロのEXILEのような集団がいる。ところが番組は一切彼らに触れなかった。彼らの一人にでもインタビューすれば、外見は強面だが意外と気さくである、などといった意外な側面も観られたかもしれないのに。
番組は加トちゃんの「みなさんが言っているほど加藤茶はやわじゃありません。元気ですよ。まだまだこれからも、大いに笑ってもらいます。やりますからね」との呼びかけで締めくくられる。
今回の放送を見ても加藤夫妻の実態はどうなのかはよくわからなかったし、表層的にはとりたてて面白い内容ではなかった。
けれどこの番組は、おそらく作り手が意図していない方向で興味深かった。
ドキュメンタリーとは、われわれが「見たいもの」を見ているのだ。われわれがドキュメンタリーを見ているのではなく、われわれがドキュメンタリーに「見られている」のである――そのことを今回の放送は改めて教えてくれる。