今年も、ぼくとDNAが1%も一致しないんじゃないかというバカが大暴れして物議を醸した渋谷のハロウィン。特に今年は、たまたま通った軽トラが悪ふざけで横転させるなど、警察沙汰の大事になっていた。
彼ら彼女らは好き勝手してさぞ楽しいのだろうな、そう思っていた。
しかし、先週放送されたテレビ東京の『家、ついていってイイですか?』は、そんな彼らの意外な“さみしさ”を垣間見れたような気がした回だった。
毎週、終電を逃した人に帰路のタクシー代を支払う代わり、自宅でインタビュー取材をお願いするという趣旨のこの番組。今回の番組はハロウィン真っ只中のバカでごった返す渋谷センター街での取材を敢行し、ショートパンツのエッチなピカチュウのコスプレをした24歳のパリピ(パーティーピーポー)トリオ、しおりさん、みおさん、みきさんと交渉が成立。3人ともどもみおさんの自宅にタクシーで向かうことになった。
道中で「今日、渋谷ではみんなで22って言ってました。さすがにこの格好で24はやばい」という、アラサー以上の女に聞かれたら○されるぞというような会話をしていた3人。
なぜ年齢のサバを読んでまでして、渋谷のハロウィンに駆けつけるのかというと、「(渋ハロに)行かないと“おばさん”を感じるから」「『もうやめちゃったんだ』みたいになりたくない」のだそうだ。
ここでぼくは「なるほど」と思った。彼女らが毎年駆けつけるのは、渋谷のハロウィンが放っている何らかのポジティブな価値に引き寄せられているからなんかじゃない。渋谷ハロウィンに顔を出しておくことで、一応は装える「若さ」に縛られているのだ。それを人は消去法と呼ぶ。
番組では、3人の過去のコスプレも写真で紹介されていたが、彼女らが「昔はモテるためには行っていなかった」と語っていたように、たしかに以前のそれはエロ路線ではなく、わりとホラーテイストだ。年齢と正比例してエロテイストになっていくのが、まるで逃げていく男の関心に追いすがっているようで切ない。いや、だから、アラサーからしたら24も22も変わらないけどな。
みおさんの自宅では、元カレがあるお笑い芸人だった、という思わぬ情報や、「パリピとヤ×マンは別もの。『お前の身なりでヤれないんかい!』で終わる。だから(私は)モテないんです」といった思わぬ名言が飛び出した。
VTRでは終始楽しそうで、今の自分たちに肯定的だった3人だが、最後にみおさんがこぼしていた言葉が印象的だった。
「寂しいのかな うちらって」「無理やりかわいいって言われに行っている可能性がありますね」「ハロウィンに、かわいいって言葉が欲しくて行ってる可能性がある」
このVTRを観終えたとき、ぼくは、もしかしたらハロウィンで暴れちゃうバカたちも、彼女たちと同じで"寂しい人達"なのかもしれないと思ったのである。
彼らは何もあれが楽しくて、面白いと思ってやっているわけではない。
(誰もを魅了する力のある)真の楽しいこと、面白いことをするのには才能がいる。彼らには残念ながら、そうした面白いことをする才能がないのである。面白いことをしたいけど自分には能がない。アイデアがない。
もし本当に面白いことが思いつき、そしてそれを実現するに足る胆力があったならば、彼らの行き先は渋谷ではなく、日本のハロウインの本場、ガチの仮装が集う川崎市のパレードに参加しているはずだ。
ジャンクな食べ物、ジャンクな時間の使い方、ジャンクな人間関係と同じように、彼らが、承認欲求のジャンクな満たし方しか知らないのだとしたら、途端に憐れに思えてくる。
それとは別問題で、軽トラを横転させたバカたちの単車は全部ひっくり返してあげて欲しいのだが。