いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座、直毛によるブログ。今ここに、ポスト宮根誠司を目指すことを誓います。

松浦亜弥の結婚コメントにギョッとした理由

松浦亜弥がかねてから噂にあったw-indsの橘慶太と結婚して、それはそれでめでたいことでおめでとうございますなんだけれど、たまたま見かけた彼女のコメントの一文にギョッとした。

今年の冬で12年の付き合いになりますが、私の青春には、すべて彼がいます。悲しいこと、辛いこと、嬉しいこと、楽しいこと全部です。
松浦亜弥「私の青春には、すべて彼が」 - 芸能ニュース : nikkansports.com

個人的にはファンではないのでただただ「すげぇな」としか思わず、けどもし自分が熱心なファンだったらと仮定したらぞっとする。

と思っていたら、やはりジェイキャストさんが書いてた。
松浦亜弥「15歳から12年間付き合っていた」 ファン複雑「えー恋愛禁止じゃなかったの」 : J-CASTニュース

このコメント、何がすごいって字面的にはめちゃくちゃ良いことが書かれているのだ。それこそ、歌の歌詞のようなコメントだ。けれど、たぶん男性ファンには見たくない現実をつきつけている。

交際自体は、もう何度も報道されてて、ほとんど公然の秘密という感じだった。ぼくでさえこの二人の話は知っていた。もしかしたら交際期間についても、これぐらい前からだろうというのをファンは知られていたかもしれない。


しかし、それをこんな表現しなくてもいいんじゃなかろうか?
そう、このコメントにぼくがギョッとしたときの「ギョッ」とは、おそらくこの「書かなくったっていいじゃないか」という問題に凝縮されていると思う。


彼女が結婚という「これからの幸せ」を歩み始めるのはそれでいい。それは彼女の勝手だ。
百歩譲って、現役アイドル時代からつきあっていたとしても、それでいい。


しかし、こんな風にコメントすることと、それらの行為の間には、まだ千里の径庭がある。上二つが「しかたないこと」であるのに対して、「私の青春には、すべて彼がいます」と文章に著し公にするということは、「しなくてもいいこと」ではなかろうか?

ここにきてこんな風に書くということは、後ろ足で砂をかけるどころか、ファン(ここでは前提として男性ファンだけにとどめておくが)にとってのささやかな思い出までも、「実はあのときから」という留保を書き加えてしまう、そんな残酷さがある。それが冒頭の「ギョッ」の正体なんだと思う。


ただ一方で、もしかすると彼女にとっては今までずっと交際を隠したことに対する負い目から、これを書くことは「しなくてもいいこと」でなく「しなければならなかったこと」なのかもしれない。


だが、だがしかし、それでもそんな風にロマンティックな表現使わなくたっていいんじゃない!?


はたして、このように明かしたことの真意は何なのだろうか?悪意があるとしたらそれはそれで残酷だが、悪意がないとしたら悪意がないということがよりいっそう残酷である。
そういえばこの件について、もともといた男性ファンに向けてではなく、これからの彼女の支持層となりえる既婚女性に向けて、一人の男に添い遂げるということからくる好感度UPを狙ったリップサービスではないか? と指摘する知人もいた。推測の域を出ないが、興味深い指摘なので記述しておく。


と、ここまで書いてみたけれど、やっぱり感嘆するのは悪意のない言葉が無邪気に人を傷つけるという言葉の持つ恐ろしさであり、そんなことをのうのうと書いているぼくは今日めっちゃホリデイでした。