ダウンタウン絶対王政下のナインティナインと『岸和田少年愚連隊』
ナインティナインの矢部浩之が、15日に放送された『あちこちオードリー』にゲスト出演していた。
毎回、ツボを突きまくる若林の質問力でゲストの本音を引き出しすぎるほど引き出すことに定評のあるこの番組だが、今回は特に『めちゃイケ』世代の視聴者にとって印象深い内容だった。
トークは、ナイナイが全国区でブレークを果たした90年代中期の話題に。当時はダウンタウンが『ガキの使いやあらへんで!』『ごっつええ感じ』で絶対王政を築いた時代で、ナイナイも松本の著書の中で「ダウンタウンのチンカス」発言を食らうなど、“河田町時代(フジテレビがお台場に移転する前)のダウンタウン”の怖さを直に体感していた。
矢部:ダウンタウンの笑い以外、誰も認めてはいけないって時代。芸人ももちろん、スタッフも、世間も。でその後に出てきたナインティナイン。…無理やって!
オードリー:(爆笑)
矢部:しかも真逆の、ボケがとにかく動いて明るい笑い。とにかく真逆をやってたから、そりゃ時間はかかったけど、でも結果よかったかなって思う。
当時はまだ“お笑い8年期説”がリアリティを保ち、幸か不幸かその最右翼として「ポスト・ダウンタウン」に祭り上げられてしまったナインティナイン。大げさでもなんでもなく、四面楚歌だったようだ。当時、先輩たちからのキツめの当たりを「かわいがり」と評した矢部は「本番も本番外も話してもらえないのが当然だった」と振り返る。
番組での矢部のトークを聞いていると、当時ナインティナインが主演した井筒和幸監督の映画『岸和田少年愚連隊』(1996)を思い出してしまった。
70年代の大阪・岸和田を舞台に、矢部と岡村が不良中学生(実年齢は当時20代!)を演じている。
映画では、ヒロインのリョーコ(大河内奈々子)のナレーションで、チュンバ(矢部)について「友達は少なく、小鉄とアキラ、それに双子のサンダとガイラだけで、敵は友達の数の10倍以上だった」と紹介される。劇中では、チュンバと小鉄(岡村)がほかの不良グループに何度もリンチされるが、やられたらやり返さないと気がすまない性分の2人は、数に負ける分、奇襲をしかけてやり返していく。
その姿が痛快でもあるのだが、今回の『あちこちオードリー』を観ていると、ナインティナインそのものが、「友達の数の10倍以上」とまではいかないまでも、実はこの映画の状況だったのかもしれない、と思えてくる。公開されたのは1996年。本作に映っているのは、まさに四面楚歌だった時代のナインティナインなのだ。
もっとも、矢部と岡村では、状況が少しちがったようだ。
春日:それをどう乗り越えていった(んですか?)
矢部:自分の中で処理していった。コンビでやってるけど、置かれてる立場は違うかったから。岡村隆史が突っ走ったから、あのキャラで。
若林:はいはい
矢部:俺はどっかで「行け! 行け!」って思ってた。
若林:もっと行けと。
矢部:でもどっかで「行きすぎや!」ってなったの。
オードリー:(爆笑)
矢部:(矢部抜きで)成立してるやん!って。
若林:そうか、(岡村さんは)そっちで先輩たちと。そういうときはさびしかったですか?
矢部:さびしいっていうより、なんとかせなあかん(という気持ち)。誰かに相談したり、誰かに頼るんじゃなくて、自分一人でなんとかせなあかん、自分一人で同じところまで行かなあかん
若林:しかも20代前半ですもんね。
矢部:“面白いヤツ”で入ってきたわけじゃないから。面白いヤツを探して入ってきたから。何もないよね俺。
大学進学に向けて浪人中だったサッカー部の先輩・岡村を見出し、矢部がNSCに誘ったことはすでに多くの人が知っている。
天性の華とキャラクターを持った相方を見つけた自負と覚悟。上の世代からの“かわいがり”と、相方とも共有できない苦悩に、人知れず向き合っていたのが矢部というお笑い芸人だった。“やべっちポーカーフェイス”は伊達ではない。
『岸和田』には印象的なシーンがいくつもあるが、一つ上げるとすれば、チュンバがカオルちゃん(小林稔侍)にタイマンを挑むシーンだ。
ヤクザにも恐れられ、だんじり祭りでは機動隊10人ぐらいを束にしてシバいたという、街の白血球の異名をとるチンピラ・カオルちゃん。普段なら当然、小鉄とともにダッシュで逃げていたチュンバなのだが、友人のアキラ(宮川大輔)がカオルちゃんにボコられ、当り屋をやらされそうになっている場面に遭遇する。
カオルちゃんとの遭遇に小鉄がガタガタ震える中、乗っていた軽のワゴンから降るチュンバ。そこからカオルちゃんの方へゆっくり歩いていくときのチュンバ=矢部のめんどくさそうな、でも友達がやられているのを見てしまったからにはやらなしゃーないやろ、という表情がたまらなくいい。結果、奇跡など起こるはずもなく、きっちりカオルちゃんにしばかれるチュンバだったのだが。
チュンバがカオルちゃんに挑むように、矢部自身も上の世代からの“かわいがり”に心を折ることなく、しがみついっていったのを知ると、あらためてこの映画を観ながらグッと来てしまう。
このあとも矢部は、複数の映画やドラマに出演しているけど、今もベストアクトは『岸和田』のチュンバだと思う。それはほかの役が矢部に合っていなかったからではない。チュンバが矢部に合いすぎたのだ。いや、チュンバは当時の矢部そのものだったのだ。