最近、ようやく羽海野チカ「ハチミツとクローバー」(全10巻)を読み終えました。美大という狭い社会を舞台に、若者たち(とおじさんおばさん少し)の恋心が乱反射してわけわからんことになっいる、言わずと知れたラブコメです。
ハチミツとクローバー コミック 全10巻完結セット (クイーンズコミックス―コーラス)
- 作者: 羽海野チカ
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2006/09/08
- メディア: コミック
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その中で特にグッと来たのは、山田あゆみというキャラクターの恋の顛末です。この子を見ていると「モテる」ってなんなのだろうと考えさせられます。
陶芸科に在籍する彼女ですが、なんといっても「モテる」のです。実家は老舗の酒屋で、彼女はその看板娘として幼なじみの男衆の憧れの的。全員が全員で彼女にホの字なのです。
でも、彼女が振り向いてほしい男はただひとりです。それは、美大入学のときから恋焦がれる同級生、建築科の真山巧。それだけは絶対に揺るぎません。
ところがどっこい、真山は真山で、揺るぎない恋心を燃やす相手が別におり、山田は彼にとって一同級生の域を出ません。
ひとえに「モテる」とはいっても、意味はいくつかあり、それらには序列があります。最上級は「あらゆる人にモテる」です。その下に「狙った人にモテる」などが続きますが、その中で厄介なのは「好きでない人だけにはモテる」でしょう。山田がまさにこれに当てはまります。
真山は山田のことを何度もふってはいるものの、いちおうふたりは「仲のよい異性の友達」として劇中では付き合いを続けます。読んでいると、「真山さえ振り向いてくれれば万事丸く収まるのに」と思わざる負えないです。
そんな山田ちゃんの悲劇性がもっとも高まるのは、物語も終盤に差し掛かった8巻です。物語の中盤からは、真山の職場の先輩として野宮匠というイケメンが現れ、案の定山田に狙いを定めます。
8巻では、そんな野宮の強引ともいえるアプローチがようやく実を結び、山田がなびきかけますが、そのとき彼女に異変が起きる。
ここにぼくは、一見モテモテといえる山田の「非モテ性」の真髄を見たような思いがします。
真山に対する強い恋心は、いつしか山田のアイデンティティとかしてしまっていたのです。真山が振り向いてくれない以上、別の男に走ったとてそれは誰も咎めないはずですが、ただ一人それを許せない人物がいる。それは彼女自身なのです。山田は「真山を追いかけるわたし」をそれほどまでに、内面化してしまっていた。
山田はもはや、世界中でもはや真山だけしかすっぽりハマらないような形に構造化されている、といえる(それだけに、もし真山が彼女に振り向いていたらそれはそれで違った問題が懸念されていましたが……)。
これはしかし、童貞マインドを秘める者にとってはとても共感できる生き方です。この山田の描写において「ハチクロ」は「童貞マインド」をまざまざと描写し、歴史に残るマンガになったといえるでしょう。
ただ、山田ちゃんに共感して不用意に近づいた童貞は彼女の魅力にイチコロでしょうし、悲しいかな真山を想う彼女はやっぱり振り向いてくれないでしょう。