いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

【映画評】「アナ雪」に続く脱ヘテロセクシズム「マレフィセント」


最近、この予告編における「ウェールウェル」の"呪い"にとり憑かれてしまい、ついつい見てきてしまった。日本語訳だと「おやおや」となり、これはこれで故滝口順平さんの座を脅かすのではという危惧もあるが、ディズニー映画「眠れる森の美女」のリメイク。


「眠れる森の美女」にて、主人公オーロラに対して「16歳の誕生日の日没前に、永久の眠りにつく」という呪いをかけ、そのあとすったもんだの末に殺されるヴィランマレフィセントの立場から大胆に作り替えられた一作。


第一印象は、予告から受ける語り口のイメージとはだいぶちがうということ。予告だけを見ると、マレフィセントが「ウェールウェル」となるところから始まり、そこからなぜ彼女が「ウェールウェル」にならざるを得なかったのかという描かれ方をしそうに感じる。
けれど、実際のところ本編は時間軸をイジらず、少女マレフィセント(実は彼女も可愛いんじゃね? という声も一部あり)の身に何が起き、どうして「ウェールウェル」となってしまったのか、という具合に原因から結果へとわかりやすく流れる。90分強とコンパクトにまとまっているのも非常によい。
原典では絶対悪のヴィランであり、そんな彼女をいいヤツにするために、悪者として擁護しようのない部分(たとえばかける呪いの内容が「死ぬ」から「永遠の眠りにつく」に変わるあたり)については多少は改変されているが、その他はほぼ同じ内容といってよい。本作は、異なる者同士の間で育まれる愛と、その愛が無惨にも裏切られる物語だ。


見所はいくつもあるが、個人的にはマレフィセントのオーロラに対してのいわゆる「ツンデレ」具合がたまらない。
自分を捨てた男が他の女と作った子どもである(こう書くとすげぇ辛辣)。本来は憎みはしても、愛する対象にはなりえないはずだ。
でも、その子本人に罪はない。天真爛漫でいて、自身を慕ってくるオーロラと向き合い、マレフィセントの中にも次第に彼女への情が芽生えてくる(ただオーロラは小人の妖精によって「美しくなる魔法」をかけられており、結局のところ「可愛いは正義」なんじゃないかという身もふたもない話もあるが……)。
マレフィセント自身にももはや解けないオーロラにかけた呪いが成就するときは、刻一刻と迫ってくる。オーロラの命運と呪いの行方は、劇場にかけつけてみてもらいたい。



……といいつつも、ちょっとだけネタバレぎみに語らせてもらえば、本作の内容、とくに結末に関しては『アナと雪の女王』に続き、「脱ヘテロセクシズム」路線を明確に打ち出している。
ディズニーもこれまで何度も描いてきた男と女の「真実の愛」だが、ときにそれは男の都合の良いように利用される。
とくに性欲という見えない"呪い"にとらわれがちな若い男の抱く愛は、股間が彼らの制御をこえて「ウェールウェル」な状態になることが象徴しているように、気まぐれだ。「好きだよ」「愛してる」といった言葉も衝動的なもので、アテにならない(あなたも胸に手を当てて思い出してみよう)。
本作はそうした「真実の愛」を、男女という性差を越境したところにある、「無償(無性)の愛」に作り変える。
それまで絶対善とされてきた男女の愛は添え物程度に後景に退き、性差を超えたエロスに縛られない愛情が物語のキーとなる。それは、最近のディズニーが明確に打ち出している一つの路線といえそうだ。