いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座、直毛によるブログ。今ここに、ポスト宮根誠司を目指すことを誓います。

名作『クレイマー、クレイマー』34歳の俺に刺さった意外なシーン

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個人的トラウマ映画『クレイマー、クレイマー

 ダスティン・ホフマンメリル・ストリープが夫婦役で共演した『クレイマー、クレイマー』という映画がある。いや、元夫婦と書くのが正しいか。
 
 働きづめの夫テッド(ダスティン)が、子育てなど家のことを任せっきりにしていた妻ジョアンナにある日、突然出ていかれてしまう。彼の知らぬ間に、妻は精神的に追い詰められていたのだ。しばらくはテッドが悪戦苦闘しながらビリーを育てていたが、戻ってきたジョアンナは、ビリーを渡してほしいという。拒否したテッドに、ジョアンナは親権をめぐって裁判を起こしてくる…。

 

 この映画、子どもの頃、両親に常日頃から「ママとパパが離婚したら、どちらについていく?」とリアルに聞かれ続けていたぼくにとっては、生首が飛んだり、人が溶たりする映画なんてどうでもよくなるぐらいに「トラウマ映画」である。とくに、事情がまだよく分からないビリーが、母は自分のせいで出ていったのだと勘違いし、枕元で「ママみたいに、パパもどこかに行ってしまうの?」と聞くシーンは、背筋が凍る思いがしたのもである。
 
 時は変わって、2019年。ぼくも34歳、細胞の死滅具合では立派なオトナである。さあここでためしに『クレイマー、クレイマー』を見返してみよう、と思ったのである。

 

意外に刺さった「再就職シーン」

 いざ鑑賞してみると、幼い頃にショックを受けた母子の別離のシーンとは別の箇所が、強い印象に残った。それは、テッドが再就職するシーンである。

 鑑賞したことがある読者は覚えているかもしれないが、映画冒頭のテッドは敏腕の会社員で、出世コースを突っ走っていた。ところが妻と別居後、ビリーの子育てに苦労するうち、次第に仕事がおろそかに。ついには年末になってクビを言い渡されてしまう。
 
 困ったのは、親権裁判が年始に控えていること。このまま年を迎えて裁判に乗り込めば、「無職の父親」として出廷することになる。それはほぼ確実に、親権が元妻に奪われてしまうことを意味する。

 

僕がほしいなら、今この場で決めてください

 呆然とするテッドだが、彼はここで腹をくくる。自分の弁護士に「明日中に就職しますよ」といって電話をガチャリ。死にものぐるいの再就職活動を開始する。

 ところが、時期は年末という就職には最悪のタイミングだ。テッドは就職斡旋所にかけこむが、担当者はその日が12月22日だと言って取り合わない。しかしそれでもテッドは無理やりアポイントメントを取る。彼には今日しかないのだ。
 
 面接先の社内はクリスマスパーティーの最中だ。クリスマスソングが室外で聞こえる中、何もこんな日に来るなよと言いたげな面接官は、テッドの用意したポートフォリオを眺めながら「検討させてもらいます」と一端はその場を切り上げようとするが、テッドが離さない。繰り返しになるが、彼には今日しかないのだ。
 
 テッドは、決定権のある部長に合わせてくれと無理強い。パーティでにぎわう人混みから、ついに部長が担ぎ出されてくる。その部長もテッドには斡旋所の職員と同じことを言う。「給料がだいぶ下がるし、あなたには役不足だ」。しかし、なぜそこまでしてこのポストに就職したいのだ、と聞かれたテッドは「働きたいので」ときっぱり。

 部長も最初の社員と同じく、「では後日」と言って会合を打ち切ろうとする。しかしここでテッドは詰め寄る。「いえ、今日だけの申し出です。明日でも来週でもなく本気で僕がほしいなら、今この場で決めてください」

 しばらく、部屋の外のパーティーの喧騒の中で待たされるテッド(知り合い0人のパーティーの中に一人取り残される孤独感!)。しばらくして、再び部屋に呼ばれたテッドに部長は握手。見事採用が決まったのだ。
 それまでの鬼気迫るような表情だったテッド=ダスティンのほほが緩み、柔らかな笑みが溢れる。帰り際、有頂天のテッドは、通りすがりの女性社員にキス。「メリークリスマス!」といってその場を軽やかな足取りで去っていく。

 

転職活動の本質

 このシーンがなぜ、ぼくの琴線に触れたのか。それはおそらく、このシーンに転職活動の本質がある気がするのだ。「ぼくはこういう人間です。今しかないですよ。いるの?いらないの?」、就職は結局、その問いかけに集約される。「スカウトメールがどうだとか、エージェントがこう言ってるからとか、知らねえよ。御社は私がいる?いらない?」、このシーンにそう言われている気がしたのだ。

 テッドのやっていることは、いわば「押し売り」である。しかし、自分のことなのに「押し売り」もしないやつなんて、果たして採用する側はほしいだろうか、とも思えてくる。テッドの恥も外聞も気にしない自分を押し売りする姿は、そうした転職活動の本質がある気がする。

 もちろん、彼のがむしゃらな姿勢は、絶対に失いたくないという息子への深い愛に裏打ちされているからこそ、さらなる感動を覚えるのだけど。
 
 本作はもちろんフィクションである。現実はそう上手くいくわけがない。そんなことは分かっている。
 
 それでも、テッドが愛息のために、是が非でも就職してやると自分を売り込もうとした精神性は、だらだらだらだらと転職活動を続けてなかなか決まらなかった過去の自分には見せてやりたいとし、いつになるか分からないが、いつかまた転職する際にはテッドのその押しの強さは参考にしたいものである。