いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

【書評】だめだこりゃ/いかりや長介 ★★★★☆

だめだこりゃ (新潮文庫)

だめだこりゃ (新潮文庫)

いわずとしれたドリフターズのリーダーで、晩年は俳優としても活躍した故いかりや長介の自伝。
自伝というのはだいたい2パターンがあり、1つはふんぞりかえった自尊心の強いやつ、もう1つはわたしの人生なんてそんなそんなとやたら謙遜しながら語るやつだ。
長さんのそれがどちらなのかというのは、あとがきの書き出しを読めば一目瞭然だろう。

 私は元来、こういう種類の文章を残すほどの人間ではない。もうそろそろ古希になろうかという歳だが、いまだに四流のミュージシャン、四流のコメディアン、四流のテレビ・タレントにすぎない。卑下でも何でもなく、それ以上であったことはない。自分ごときが何様の分際で「自伝」か、などと思ってしまう。
p.247

自己愛まるだしの痛々しいブログ群に、この本の灰を煎じて飲ませてやりたい。
形式はオーソドックスな自伝のそれだ。子供のころの話から始まり、父親に反対されながらも始めたバンド活動に、ドリフターズへの加入。テレビに呼ばれ始めてからは最盛期視聴率50%を記録した『全員集合』や、荒井注の離脱と志村けんの加入、そして俳優という新境地へ……と、ありとあらゆることが語られている。長さんないしドリフターズ、もっといえば日本のテレビバラエティ史の一端を押さえておく上で、参考になることは間違いない。

その中でも特に興味深かったのは、荒井注の離脱/志村けんの加入を、ドリフの歴史の前半と後半を分ける転換点として挙げているところだ。それくらい、二人の影響は大きかったということなのだろう。

ドリフの笑いの成功は、ギャグが独創的であったわけでもなんでもなくて、このメンバーの位置関係を作ったことにあるとおもう。もし、この位置関係がなければ、早々にネタ切れになっていただろう。そして、先走って結論を言うようだが、荒井が抜けたとき、ドリフの笑いの前半は終わったという気がする。メンバーの個性に倚りかかった位置関係の笑いだから、荒井の位置に志村けんを入れたからといって、そのままの形で続行できるものではなかった。志村自身も荒井の役を継ごうとはおもっていなかっただろうし。だから志村加入以後は、人間関係状上のコントというより、ギャグの連発、ギャグの串刺しになっていった。
p.105

ここでいわれる「位置関係」というのは、、今でいうところの「キャラ」と呼ばれるものとほとんど同義だろう。長さんが60年代当時から「キャラ」の重要性に気づいていたというのは、興味深い。
では、荒井のあとを継いだ志村はどうだったのか。「手が増えていいだろう」という程度で付き人になることを了解したという志村を、長さんはこう評している。

音楽に関しては、二流から四流の集まりで、笑いに関しては素人の集まりでしかなかったドリフだったが、今思えば、この志村だけが、本格的なコメディアンの才能をそなえていたのかもしれない。
p.158

これについてぼくが思い出すのは、松本人志放送作家高須光聖のラジオだ。「全員集合」をリアリタイムでみていた幼少期の彼らは、ドリフの正規メンバーになるまえの志村が、「ちょっとだけよ」などのギャグで一世を風靡していた彼らのアイドル加藤茶の地位を脅かしつつあることに直感的に気づき、彼に対して「笑ってなるものか」とかまえてみていたという。
その音源をネット上でさがしたのだが、あいにく見つからなかった。知っている人はぜひ教えてほしいのだが、それはともかく、その後「笑いの天才」と謳われる松本の幼少期に抱いた直感が、長さんとも通じているところは興味深い。


先に書いたように、全編にわたり長さんは謙遜しきりなのだけれど、ただ一点、ビートルズ来日のところだけは、なにか違った雰囲気が漂っていた。
周知のようにビートルズ来日公演で前座をつとめたドリフターズだが、長さん自身は「ビートルズに格別興味もなく、まして共演するのを光栄ともおもわ」ず、多忙の中での前座のオファーは「迷惑な仕事でしかなかった」と言い切っている。要は嫌々やっていたのだ。

ウケたかどうかもさだかではなく、とにもかくにも、やれやれと急いでステージを駆け下りたところで、ビートルズの連中とすれ違った。お互い、目も合わせない、会釈もしない、向こうはこっちが誰かなんて知ってもいないだろう。右側を歩いていたビートルズの誰かの楽器と私の楽器がぶつかった。
 「ゴーン」と大きな音がしたが、先方はそのまま振り向きもせずいってしまった。背後からまた大歓声がきこえた。
p.94

これは行間を読んだ上での推測にすぎないが、もしかすると長さんは「ビートルズの日本公演の前座を務めたバンド」というトリビアルな知識としてのドリフターズを、あまり好きではなかったんじゃないだろうか。さすがにそこには、お化け番組を作ったというプライドが微かにのぞいているような気がする。


長さんが全編を通して何度も強調するのは、自分が今の位置にいるのは何も狙っていたわけでなく、あくまで偶然流れ着いたということだ。さながらそれは、投瓶が遠い異国の砂浜に流れ着いたかのように。

ドリフを始めたときは、誰一人として、まさかドリフの名前を墓場まで持っていくことになるおてゃおもわなかったはずだ。
 すべては成り行きだった。偶然だった。
 誰一人、ずば抜けた才能を持つメンバーはいなかった。他人を蹴落としてまで芸能界で生き抜いていこう、という根性の持ち主もいなかった。テレビに出始めた頃に「クレージーキャッツみたいになろう」とおもったくらいで、確固たる目標すらなかった。
 ドリフターという言葉を英語の辞書でひけば、流れ者とか漂流者と書いてある。私たちは名前通り、漂流物のように潮の流れるままに流されてきたのだとおもう。
(中略)
 私の人生に残り時間がどれだけあるかはわからない。ただ、ハッキリしていることは、これから先も「ザ・ドリフターズ」の名前通り、漂流物のごとく、流され続けていくことだけだ。
 こんな人生があってもいいのだろう。
pp.244-246

ある意味ぼくも、ずっと漂うような生き方をしている。長期的な計画を立てるのはめんどくさい。今が楽しければそれでいいという生き方で、のらりくらり生きている。そういうのもアリだよねと言ってくれる人もいるが、やっぱり顔をしかめる人だって中にはいる。特に、女性にはあんまりウケがよくないんじゃないだろうか。
この本を読んだとき、全肯定とまではいかないまでも、「漂流者」の大先輩である長さんに、お前は別に間違っているわけじゃないんだぜ、と背中を押されたような気がした。
「こんな人生があってもいいのだろう」、と。