いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

【映画評】レイチェルの結婚 ★★★★☆


家族の鼻つまみ者で、薬物依存のリハビリ施設に入院していたキム(アン・ハサウェイ)が、姉レイチェルの結婚式のために実家に帰ってくる。ぎこちないながらもキムを優しく向かい入れようとする家族だったが、彼女の振る舞いは相変わらず傍若無人。自分のドレスの色には文句を並べ、付添人でないことに腹をたてる。あげく、結婚式に先立つ結婚パーティのスピーチにおいて、空気をぶち壊してしまう……。


全編ほとんどが手持ちカメラで撮影され、あたかも「レイチェルの結婚」というラベルのついたホームヴィデオのような本作は、飾り気がないながも巧みな演出が随所にちりばめられている。
上手いと思ったのは、結婚という「おめでたい席」であるにもかかわらず、これ以上にないほど絶妙に「不穏な空気」で忍ばせていることだ。
たとえば、前半の結婚パーティ。キムの"スピーチ"でお祝いムードがぶち壊されたのは明らかだが、その前にワイングラスが割れる等の「不穏の前兆」がいくつも配置されている。でもその予兆は、全体の流れを決定的に覆すほどのものではない。あくまで表面上は祝福ムードであるはずなのに、どこか変だという違和感だけを観る者に残す。そうした違和感を象徴する人物がキムとレイチェルの父親で、感情を押し殺した上に成り立っているような彼のキムへの優しさが印象的だ。この映画の助演男優賞をあげるとすれば、まちがいなく彼である。


祝福ムードで進んでいた式までの道程で、徐々に、この家族の過去にあったある悲しいできごとが、断片的にあらわになっていく。この家族の今の形を決定づけたにもかかわらず、誰一人それについて語られない――まさにそれは精神分析的な意味でトラウマだ。その過去は、この一家の今を形作っている「起源」でありながら、同時にこの一家の抱える問題の「病根」でもある。

この映画には、主人公キムに共感できないという人も多いのではないだろうか。劇中の彼女は本当にムカつくのだ。同情の余地なしとまでいわないまでも、自分の権利ばかり主張して義務をいっさい放棄しようとする彼女へは、共感がしにくい。
けれど、彼女のこうした性格にも、実はその「過去」が暗い影を落としているのだ。

キムが施設でついていたある噓が発覚したことにレイチェルがブチぎれたことで、家族はついにその過去に真っ正面から向き合うこととなる。家族が互いに触れずにいた「過去」についてブチまけあったとき、その先で何が起こるのか。ぜひ自分の目で確認してもらいたい。


ただ一点、結婚式の余興だけは不釣り合いなぐらい長く退屈だったのだけれど、最後に待っていたキムとレイチェルとお母さんの母娘3人のシーンが、お釣りが来るぐらいすばらしい。このシーンのために結婚式シーンは耐える価値がある。
文脈から外せば、なんのことはない式を早退する母との別れのシーンである。けれど、そのまえにこのバカ娘と母親との間にいったい何があったかを知っているだけで、観ているこちらがヒリヒリするようなシーンになるのだから不思議である。おそらく観客の多くは、キムの肩越しに撮られる母親の視線に釘付けになったはずだ。観ていない人はさっぱりわからないだろうが、こればかりは観てくれとしかいいようがない。


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