いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

入門書は安くなければならない、難解な本は高くなければならない

本を粗末に扱っちゃいけませんというママの子どもの頃からの言いつけが血肉化しているため、未だに本をぞんざいには扱えない僕なのだけれど、これはさすがに壁に叩きつけていいでしょママ?、という衝動が起こってしまう本と、最近出くわした。

最近出た、ある哲学者の新書版の入門なのだけれど、難しすぎたのだ。いやもうこれが異常なほどに。入門書というのが憚れるぐらい、読者を置いてけぼりにしている。
まあしかし、「たった700円」そこらの本にムカついてもしょうがない。ただでさえ小さい人間が、またさらに小さくなるぞと自重しようと思うのだけれど、なかなか怒りはおさまらない。この新書と、それを書いた著者への腹立ち。


そこでふと、思ったのだ。なんで俺は怒っているんだ?「たった700円」の新書に*1、と。
違うのだ。僕の怒りの源泉はおそらく、「たった700円」“にもかかわらず”異常に難解だったから。だからムカついたのだ。


翻ってみてもしこの本が、内容が全く同じで「必死のパッチの2800円」を出して買う「専門書」だとしたら*2、どうだろう。おそらくは、「うーん、なかなか難しいですな」と脂汗を垂らしながら何日もかけて熟読し、必死に内容を分かろうと、あるいは分かった気になろうとするだろう。そう、値段によって読者の方が、もっと詳しくいえば読者のかまえ方が、決まっているのだ。


両者の違いはまず値段なのだが、おそらくその値段の差額分、僕ら読者はレジにて「覚悟」をも同時に払っているのだろう、と思う。では、その覚悟とは、ちょっと大きな出費してしまったぞ、もしその本が理解できずその買い物が無駄遣いに終わったとき、その価格分の無駄遣いをしたことになるぞという、消費の罪悪感を背負う覚悟、に似ているけど、ちょっとちがう。

普通の買い物ならば、そこで無駄遣いで終わるのだけれど、本の場合はちょっと別の「抜け道」がある。


本も他の商品と同様、買って使った後に内容の正当性(買う価値あったかどうか)に頭を巡らせても、後の祭りだ。しかし本の場合、「読みの多様性」といものがある。ここで、人間は無意識に一番知りたくない事実から目をそらそうとする生き物だという精神分析の知見を借りれば、読者が最も知りたくない事実とはずばり、「この本つまんね」、これである。
普段より幾分高い本を買ったとき僕たちは、たとえそれがどうしょうもない本だっとしても、なんとか「良い本」だった、という結論づけたいがために、その本から必要以上の、何度も何度も読み重ねなければ解読不能な「深淵なる読み」をくみ取ろうとするのではないか。読みの多様性とは、まさにここでこそ発揮される、そう僕は思うのだ。


だからこそ、高い本を買ったとき満足度とは、その内容が難解であればあるほど高くなる。わけがわからなければ、わからないほど、その買い物が果たして意味あるものだったのか、その結論は先送りされる。

反対に「たった700円」の場合、それは通じない。「必死のパッチの2800円」のときの、あの覚悟が足りない。要するにそれら安価の本の前で読者は、フニャチンなのだ。フニャチン読者には、高価な本と対峙するときのような「深遠なる読み」をする根性が足りない。「たった700円」の本には700円なりの、チープな理解を求めてしまう。


つまり僕らは、「たった700円」で「わかりやすさ」を買い、「必死のパッチの2800円」で「難しさ」を買うのだ。両者は物質としては同じ本という買い物なのだけど、同じようで実は全然違うものを買っている。


だから、今回の僕の怒りというのは「箱のイラストとちがうやんけ!」というよくある消費者の苦情と同じようなものなのだと、思う。では今度は逆に、「必死のパッチの2800円」という大枚叩いて買った本が、思いの外「わかりやすかった」場合。そうすると不思議なことに、今度は「内容量に虚偽記載アリ」で怒り散らすのだろう。どちらにしろ、価格と求めているものが違うのだから。


本の価格というのは、売れる予定の部数が多ければ多いほど、価格は安く設定される、という仕組みになっていると聞いたことがある。新書と専門書でも、この売れる部数×単価において、出版社はできるだけトントンにしたい。だから新書の場合、不景気の今でも初版3000は刷られ、単価は安い。一方の3000円ほどするやたら重厚な専門書は、相対的に高くなる。裏を返せば、それがほとんどだーれにも読まれないということを意味している。


それは売れる/売れないという単純なマーケティングの理論を元にはじき出されるものなのだけれど、本に関していえばはそれが、読者の欲望と奇妙なことに、一致する。読者のためにも、入門書は安くなければならず、難解な本は高くなければならない。

*1:それでも僕にとってはずいぶんな出費ではあるが

*2:2800円というのは、僕の現在の経済状態からみて2,3時間悩んだ末に「お天とさん、ごめんなさい」と罪悪感に苛まれながら買うか買わないかぐらいの、なかなかいいラインだ