- 作者: 井上夢人
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2010/04/02
- メディア: 単行本
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週刊誌記者の仲屋京介は、山梨県内で発生した致死率百パーセント近い新興感染症「竜脳炎」に、取材中に感染してしまう。感染者は400名近くに膨れ上がり、死者も続出するなか、感染した人の中で生存したのは京介、恋人も竜脳炎で昏睡状態にある落合めぐみ、90歳の興津繁のたった3人だった。隔離生活を続けるうちに3人は、自分たちの身体に起きていたある異変に気づくことになる……。
読み始めた当初はタイトルと内容の乖離に違和感があったが、読み進めていくうちにその謎は氷解する。パンデミックから念動力、千里眼に銃撃戦、逃走劇という、「オレたち」の大好きな要素が詰まったSF長編だ。
それぞれが"後遺症"という名の特殊能力を有していることに気づいた3人だったが、一般人の社会に融和していこうとしたその矢先、実は彼らにはもうひとつ特殊な生体機能を宿していることが発覚する。このように、展開が二転三転としていくため、最後まで飽きることはない。
一番センス・オブ・ワンダーを感じたのは、人やものを自由に動かせる念動力を有するめぐみが、その能力をテレビ番組で披露する場面。
それは、不思議な光景だった。
水槽から、まん丸い水の表面がムクムクと盛り上がってくるのだ。水は水槽上部の縁を大きく越え、さらに迫り上がり続け、ついに水槽を抜けだした。宙に浮いているのは巨大な水球だ。狂ったように泳ぎ続ける金魚を封じ込んだ水球が、スタジオの中空二メートルほどの高さに浮かんでいる。水球の滑らかな表面が静かに波打ち、照明にキラキラ輝く。その大きなミスの球の中を、十匹の赤い金魚が光りながら泳ぎ続けた。これこそ――CGの世界だった。
(中略)
先ほどよりも小振りの水球が五つ、スタジオ中央の空中に浮かんでいた。水の玉の一つ一つに、二匹ずつの金魚が閉じ込められて泳いでいる。浮かんだ水の中という環境が彼らの感覚を狂わせているのか、ある金魚は身体を寝かせて泳ぎ、あるものは腹を上に向けていた。五つの水球は、互いの周りをゆっくりと回るように滑らかな軌道を描きながら、五人のパネリストそれぞれの目の前に飛来し、そこで停止した。pp.261-262
地の文みずからが「CGの世界だった」というのは余計にも思えるが、頭の中で描いた光景にここまで心打たれたのは久しぶりだ。中盤からの国家権力を相手にした逃走劇は、映画『クロニクル』での市街戦を彷彿とさせる。とまぁこのように、なんとも映像化してみたくなる作品なわけだ。
後半は、現代に「触らぬ神」が現れたとしたら近代国家はどのように対処するのか、という思考実験としてもおもしろい。
結末については映画『NEXT -ネクスト-』に近いものがあり、「そんなのずるいぞ」という読者の声が聞こえてきそう。ぼくも、正直言うとやや否定的な「まじかよ……」が口をついてでたが、先述したようにそれまでのプロセスは十二分に楽しんだのでよしとしよう。