いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

悪くはない。けど物足りないのは 〜内田けんじ『鍵泥棒のメソッド』55点〜

笑えるところが少なかったからじゃないかなーと。

(※以下、赤字はネタバレなので、読みたくない人は読み飛ばし推奨)

いや、そういう映画じゃないよという話かもしれないが、殺し屋が売れない俳優と入れ替わって……というストーリーだったり、コメディタッチな音楽の使い方だったり、結果的に一番怖いのが荒川良々だったりで、この映画はコメディの側にバランスが寄っているというのは明らかなわけですよ。

そうすると、ちょっとギャグが少なかったんじゃないかなーと思えてくるのだ。

ダブル主演といえる香川照之堺雅人の二人。この二人はそれぞれいい仕事をしていたけれど、特に二人が相見えるシーンは、シチュエーション的に一番盛り上がるはずところでしょ。でもそうでもないんだよなー。この特殊な状況におちいった二人が、二人だからこそ笑える場面が、ぜんぜんない。
桜井のボロアパート(このアパートはロケ班グッジョブとしかいいようがない)で、桜井、“元”桜井、香苗の三人が相見えるシーン。ここなんて、面白くしようと思えばいくらでもできそうなのに、なんか盛り上がらないんだよなー。あと、“コンドウ“のマンションで桜井と記憶をとりもどした山崎が対面するところも、“元“桜井的に悪夢と言える場面、のはずなのにリアクションがどうにも薄い!この時点ではまだ彼の頭の中ではコンドウ=山崎なわけで、どう考えてもここで彼を待っているのは「死」ですよね?なのに彼の反応が軽すぎると思うんだよなぁ。しかもどうしてタメ口なんだよ!そこは普通ビビって敬語使うだろ!桜井くん、俳優の才能はともかく、リアクション芸人としての才能はなさそうです。
また、山崎が殺し屋でなくただの便利屋だったって設定も、どうなんだろう。“カイザー・ソゼ”的なものを狙ったっていうのはわかる。けれどそれなら、冒頭の「刺殺シーン」はいらないでしょ(ついでに言うと、殺した事を装う為にわざわざあんなことするかよという疑問も)。カイザー・ソゼは“伝聞”という設定だからこそぐいぐい持っていかれる訳ですよ。あのシーンを視覚的に見せたら、その効果は薄れちゃいますよね。というか、肝心のコンドウ自体、「伝説」的な殺し屋のわりにはかなりインパクトに欠ける存在なんで「そんなやつ最初からいなかった!」と言われても、そこまで驚けない。観客の鑑賞の力点はそもそもそこにないから。

仕事一筋で異常なほど几帳面な性格という三十路編集者を演じた広末涼子については……今回はあんまりグッとこなかったですね。筆者の中ではビーチボーイズの真琴が永久欠番なので(キリ

それから、オチについて。個人的に画面を直視できなくなるくらい小っ恥ずかしくなってカンベンしてくれって感じだったけど、これくらいがいいという人もいるのだろうか。あと「エンドロールが流れ始めても席を立たないで!」的なのが挟まれるんですが、あれは完全に蛇足。
この監督は『アフタースクール』という映画が評判いいらしいので、そちらも観てみたいと思います。