いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

母子癒着と獣姦、そしてSF 〜『スプライス』批評〜

エイドリアン・ブロディ主演のカナダ・フランス合作映画。
企業の出資で遺伝子組み換えの研究をしている科学者たちが、それとは別に、人間の遺伝子を使って生命倫理を脅かすようなある知的生命体を生み出したところから巻き起こるサスペンススリラーだ。

話の骨格は、それこそメアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』以来幾度となく繰り返されてきたものだ。この手の話には怪物とともに、人倫を屁とも思わないマッドサイエンティストがつきものだ。本作に出てくるマッドサイエンティストとは、エイドリアン・ブロディ演じる科学者クライヴ、ではなく、彼の研究の同僚であり私生活のパートナーでもあるエルサ(サラ・ポーリー、この人ジョディ―・フォスターにめちゃくちゃ似てる!)だ。エルサは、科学的好奇心と後述するある個人的願望のおもむくままに、倫理などものともせずとうとう異種を作りあげてしまう。クライヴは彼女を何度も止めようとするが、結局は引きずられるかっこうで厄災に巻き込まれていくという情けない男だ。こうした2人の関係は、エッチしようとなったとき「アレがない」つまり避妊具がないと訴えるクライヴを、エルサが「失うものはない」という言葉で制してなし崩し的にヤッてしまう場面が象徴している。

さて、ドレンと名付けられた生命体は、クライヴとエリサ二人だけの秘密として育てられていくことになる。

最初は人間に似ても似つかない姿なのだが、急速な成長を遂げていくうちに彼女は、あたかも人間の近接種のような容貌へ変わっていく。一見これが山海塾の人ですか?という外見なのだが、リドリー・スコットのエイリアンのように人間と全く別物へ抱く恐怖とはまた別の、ある種「不気味な谷」のような感情を醸し出す。

物語はフランケンシュタイン的な骨格をもつとは書いたが、それも80分あたりまで。それ以降は、ええええええええええええ!と度胆を抜かれるある展開が待ち受けている。ヒントは、獣姦と三角関係と、そして母性だ。あの“現場”に農場の納屋を選ぶとこなんか、この監督わかってらっしゃる!

先にエリサの個人的願望と書いた。ドレンの存在の発覚を恐れ、クライヴはやむなく彼女を殺そうとする。しかし、エリサは反対にドレスをなんとかして守ろうとする。エリサを駆り立てていたのは、科学者としての探究心でも、生命一般に対する慈悲深さなどでもない。エリサとドレンにはある特別なつながりがあり、エリサのへの優しさとは、ゆがんだ母性にほかならなかったのだ。
ここまで読んで母子癒着の問題が思い浮かんだ人もいるかもしれない。もしあなたが実の母親から「私もあなたの一部 私はあなたの中にいる」という言葉を投げかけられたらどう思うだろう。これはエリサがドレンに言い聞かせる言葉だが、この映画はSFの舞台を借りて、母子癒着の問題にまでいきつく。

しかし、強い愛情が裏切られたとき、それは恐ろしい憎悪へと反転する。言うことを聞かないドレンに、これまでにない残酷な仕打ちをするのは、クライヴではなくエリサの方なのである。その現場でのエリサはさしずめ、実の娘に折檻をする怖いママになっている。

ワーキャーいうスリラー展開が最後の最後の方に来ていて、映画としては明らかにバランスが悪い。が、ここまで見てわかるのは、SFという枠を借りて描かれるのは母性とその過剰だ。すぐれたSFというのは、荒唐無稽な話をとおして、観る者のいる実社会のゆがんだ何かへの痛烈な批判になっていることがあるが、この作品もその一本に数えられていいだろう。