「太った人」「デブ」というと、温厚でのんびりした人というイメージを持つ人が多いが、ぼくは全くそうは思わない。そういう意識になった原因ははっきりしている。
これは、今もある渋谷のとある映画館での話だ。あるとき、チケット売り場のある階にエレベーターに何人かで相乗りになり、最後に中年の女性が乗り切ったところで戸口に立っていた男性が「閉」のボタンを押した。ぼくは正面にいたから分かったのだが、最後に乗ってきた女性のすぐ後ろに、たぶんその夫か何かであろう、100kgはあろう太った男性がいたのだ。「閉」を押した男性の角度からはそれが見えなかった。
ぼくが「あっ」と声を出すか出さないか、その太ったおじさんを残してとびらが締まりかけたその瞬間、
ドゴォン!!
取り残されかけた太ったおじさんは、サッカーでいうインサイドキックの要領で閉まりかけた扉を豪快に蹴りつけて入ってきたのだ。
そのときの男性の鬼の形相の恐ろしさったらなかった。身長180cmはあろうかという巨躯(横だけでなく縦にも大きかったのだ)の男性は顔を真っ赤にして、「閉」を押してしまった男性を、じっと睨みつけていた。お前は改心する前の山のフドウか。狭いエレベーターの空間の中での話である。
エレベーターに乗ろうとしたのに気づかれずに閉められた、などというのはよくあることではないか。なぜそんなに怒れるのかが不思議であった。そんなに気が短い人が世の中にはいるのか。
そのとき、ぼくは失業したヨレヨレのおっさんがが障がいのある息子を養うために右往左往するというひたすら地味で暗いフランス映画が観たのだが、直前に見たその光景があまりに恐ろしすぎて、映画の内容が全く頭に入ってこなかったのであった。
思えば、子どもの頃から「温厚でないデブ」には度々あってきた。デブだから温厚などという保証はどこにもない。怒れるデブはどこにだっている。もっともそれは、体型はその人の性格の指標にはならないという、至極当たり前のことなのだけれど。