いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座、直毛によるブログ。今ここに、ポスト宮根誠司を目指すことを誓います。

範馬勇次郎が握手を請うて尊敬!? 「刃牙」史上最大級に持ち上げられた実在の格闘家


現在、遅ればせながら漫画「グラップラー刃牙」シリーズにハマっていて、現在第2シリーズの「バキ」に入っています。「バキ」は第1シリーズの「最大トーナメント」後、各国の人間離れした囚人5人が脱獄し、刃牙に襲い掛かる内容です。ところが数多の格闘漫画と同様に、案の定「強者」をきちんと描き切る前につぎつぎとさらなる「強者」が投入されていき、胸やけを起こす内容でわけわからんのですが、その胸やけ具合がなんともたまらないのです。


「バキ」においても別格なのが、主人公、範馬刃牙の永遠の標的であり、「地上最強の生物」としてその名を轟かせる実父・範馬勇次郎です。米国も国家規模でおそれる勇次郎ですが、とにかくめちゃくちゃ。挑んできた我が子・刃牙を半殺しにするだけでなく、あろうことか妻をさば折で殺してしまう。傍若無人な彼の頭には強さという物差ししかなく、そして自分がその物差しの頂点に立っていることを理解している。そこに、弱者をいたわる慈悲などありません。

けれど、そんな勇次郎範馬が、ほとんど唯一他者に対して「尊敬する」という言葉を使った相手がいる。それが、先々月74歳でその生涯を閉じた元世界ヘビー級チャンピオン、モハメド・アリその人なのです。実際には「マホメド・アライ」という架空のキャラクターですが、作中で「蝶のように舞い 蜂のように刺す」と書き記されることから、彼がアリであることは明らかです(作中、アントニオ'猪狩'というキャラクターも出てきます)。

作中では回想で、アライが1976年に猪狩との「他流試合」に臨むために来日したときのことを描かれます。アライがトレーニングで夜道を走っているところで、彼を捜していた勇次郎が夜襲をかけるのです。

それまで試合でノーガードを貫き通してきたアライですが、対峙する勇次郎の脅威を本能的にかぎ分け、初めて両手を上げることとなります。そして、全身全霊、最強の技術をもって拳を繰りだしますが、勇次郎は難なくその攻撃をかわしてしまいます。

ここで、勇次郎が相手を血祭にあげるのが常ですが、アライに対してはどうもちがう。勇次郎はアライが「あんたが目指したのは世界ヘビィ級チャンピオンじゃねェッッ」と指摘する。勇次郎は、アライがかつて究めんとしていたのが「もっと前局面的な」「あらゆる攻撃を想定した」「マホメド・アライ流拳法」だと、指摘するのです。

アライは勇次郎にその「夢」を見透かされたことを知り、今度はその「拳法」で応戦しますが、それでも勇次郎には交わされてしまう。勇次郎によると、アライの拳法は未完成であり、その完成を阻んだのは、アライがベトナムへの徴兵を拒んだことによるタイトルはく奪、そしてスポーツ選手として絶望的な3年半ものブランクだというのです。


そしてここで、ついにあの勇次郎が、誰に対してもへりくだることを知らなかったあの「地上最強の生物」が、アライに握手を請い、「アンタを尊敬する」と明言するときがくるのです。

勇次郎がアライを尊敬する理由は、まさにそのブランクにあると言います。アライが己の拳法の完成を犠牲にまでして戦った相手は誰なのか。勇次郎はアライが「貧しき黒人のため 体制と戦った」「傷つくベトコンのため 国家と戦った」「あらゆる弱者を代表して戦った」と説明する。そして、アライを「力なきものの希望だ」とまで表現します。


一方アライは、自分が勇次郎より弱いことを自虐的に語ります。けれど、勇次郎はそういうことではないのだと否定します。彼は「戦う技術が偉大なのではない ハートだッ」「例え国家が相手でも屈しない」「アンタの心根こそが偉大なんだ!」と、まっすぐな目で言ってのけるのです。

いつもとは言っていることがまるで逆!弱い者なんて生きてる価値がなし、ぐらいの人なんです。そんな彼を知っている読者ならば、アライに対しての言動がいかに彼に似つかわしくないものか、異常事態かがおわかりでしょう。

しかし、裏を返せばそれは、作者の板垣恵介さんが勇次郎のキャラが多少ブレたとて、構わずにアリの偉業を勇次郎を通して称えたかった、ということなのではないでしょうか。

アリは格闘技という一ジャンルを超え、あらゆる人、もの、ジャンルに影響を与え続けた。それは、勇次郎が陣取る強さの物差しだけでは、到底測りえないものなのです。範馬勇次郎が自分より弱い者を「尊敬する」という異常事態。その一点において、この作品はアリの偉大さを語っているのではないでしょうか。