いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

『ハケンアニメ!』撃沈ムードから復活もたらした“好き”という名のバトン

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ハケンアニメ!』という映画を観た。

派遣社員のアニメではない。そのクールのアニメ界隈の話題をかっさらう(=覇権をにぎる)アニメをめざして作る者たちの映画だ。

吉岡里帆が演じる主人公は、アニメ制作会社・トウケン動画の伝統ある放送枠、夕方5時台の新作アニメ『サウンドバック』に抜擢された新人監督・斎藤瞳。ドライで独断専行型のチーフプロデューサーをはじめとする一癖も二癖もある先輩スタッフたちに振り回されながら、アニメ作りに邁進する。そんな瞳の前に立ちふさがるのは、新たに全く同じ5時の枠にアニメ『運命戦線リデルライト』をぶつけてきたスタジオえっじ。若き天才監督の名をほしいままにする王子千春を、中村倫也が演じている。

主人公とライバルの対照的な設定、“ハケン”=視聴率という白黒はっきりつく分かりやすい戦い、初めはバラバラだったスタッフたちが徐々に結集する展開、吉岡、中村のほか柄本佑ら達者な役者陣が現出さえる魅力的あふれる血の通ったキャラクターたち、職業人なら誰もが胸疼くようなリアルな仕事上のトラブル描写などなど…。あげだしたらキリがないが、「そら面白いわ…」という快作だった。

 

公開当初、興収的には振るわなかったのだが、本作については立て続けに「観客が劇場に戻り始めた」という趣旨の記事が上がっていた。

moviewalker.jp

realsound.jp

myjitsu.jp

映画業界はシビアで、初週の興収の結果いかんで次の週の公開館が決まっていく。つまり、持てる者はますます富み、持たざる者はさらに失うシビアな構造であり、2週目以降に挽回するのはなかなか難しい。こうした「復調」を示す記事が出るのは異例だ。

皮膚感覚で話をすると、SNSでの『ハケンアニメ!』ファンの熱量がすさまじい。一時期のモルカーを推す圧力に匹敵するか、それ以上の圧を感じた。上記の記事にあったように、ファンが「宣伝マン」を勝って出ているような状況だ。

 

しかし、この映画を観たあとなら、そうした状況になるは当然のように思うし、むしろこの映画は「観たら推さざるを得なくなる作品」とさえいえる。

この映画を観ているときに胸が熱くなる要素の一つは、瞳と王子の関係だ。2人は同じ枠で覇権を争うライバル関係にあるものの、あるとてつもなく強い思いが一致している。それは、「好きなものを作るのに絶対妥協はしない」というこだわり、そして、「作った作品が誰かの胸に刺さり、その人の生きる力になってほしい」という悲願に近い願いだ。それが、メインビジュアルに浮かぶ「好きを、つらぬけ」のコピーにつながる。

 

「敵対しているけど志は同じ」というライバル構造それ自体が胸を熱くする要素だが、本作が特筆すべきは、「好きなものを作るのに絶対妥協しない」という思いが、まさにこの『ハケンアニメ!』という実写映画の作り手とも共鳴しているように感じられることだ。

もしも、「好きなものを作るのに絶対妥協しないキャラクター」が出てくる映画があったとして、その映画を作っている人たちの妥協が見え隠れしたら、興ざめしてしまう、ということだ。『ハケンアニメ!』にはそんな瞬間が微塵もない。

その最たる例が、劇中作品となる『サウンドバック』『運命戦線リデルライト』のクオリティだ。エンドロールを観て驚いたのは、この劇中作品2本を作るために尽力したスタッフの人数の多さである。鑑賞した人なら分かるが、2作は絵のタッチからして全く違うため、別々の制作会社が担当している。それぐらい、多大な費用と労力が費やされたということを物語る。実際、作画のクオリティなど細かい審美感は筆者にないのだが、「本当にどこかのテレビ局で放送されていてもまったく自然」なクオリティの作品で、「映画の中のアニメだし、これぐらいでいいわな」という妥協が感じられない。

「好きなものを作るのに絶対妥協しない」というアツいキャラクターたち、そしてそのキャラクターたちを妥協なく映像化しようとした作り手たち。この入れ子構造が、観客にビシバシ伝わったことが、本作の生んだ熱狂の正体なのではないだろうか。

 

そして、まさに今現在『ハケンアニメ!』という映画に魅せられた観客たちがつむいでいる熱狂は、『ハケンアニメ!』が描かなかったアナザーサイドだ。

クライマックス前、瞳は自分の作品が「誰かの胸に刺さってほしい」という悲願をか細い声で訴えた。しかし、作品が一旦誰かの胸に刺さったとき、その衝撃はそこでは止まらない。なぜなら人類は、好きなものができたら人に勧めたくなる。アニメも映画もYouTubeも小説も音楽もテレビもお笑いも料理も、なんでもそうだ。自分に刺さった瞬間にほとばしった感動を、他の人に刺すことでもう一度追体験したいのだろうか。『ハケンアニメ!』が胸に刺さった人たちがやっているのは、作品から受け取ったメッセージのアンサーソングのように思える。

「好き」をつらぬいた妥協を知らないキャラクターを描いた妥協なき作品。それに魅せられた観客たちが「この映画が好きだ」という気持ちでそれに応えたこのムーブメントは、映画に対しての一種のアンサーソングであり、作り手と映画、そして受け手となるファンの三者をつないだ「好き」というバトンの強固さをあらためて思い知らされるのである。