敗者の足跡は勝者と同じぐらい美しい~『M-1グランプリ2007』トータルテンボスの場合~
麻雀にハマっている筆者だが、やっていてつくづく思い出すのは、「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」という野村克也の言葉だ。
麻雀は「運ゲー」だと評する人がいる。それはある意味で正しいけれど、それは麻雀というゲームの真実の姿を半分しか捉えていないと思う。麻雀が「運ゲー」なのは確かだが、「負けない確率」を高めるところに打ち手の「実力」が介在する。
でも「負けない確率」を高めたところで、必ず勝てるとは限らない。どれだけ勝てそうでも、最後に運にそっぽを向かれたら勝てないことだってある。だから、野村の言う「不思議」というのは正体不明の「運」のことなのだと思う。
「負けない確率」をいくら高めても、「勝者」になるとは限らない。しかし、雌雄が決したあと、敗者たちが描いた「あと少しで勝つはずだった道」も、勝者の足跡と同じぐらい尊いように感じる。それは、勝ちまで近かった敗者であればあるほど。
今回紹介したいのは、そんな「勝ちにあと1歩まで駒を進めた敗者」大村朋宏と藤田憲右からなるお笑いコンビ・トータルテンボスのストーリー。彼らがニューヨークの公式You Tube「ニューラジオ」にゲスト出演し、漫才師の頂点まであと1歩まで進んだ『M-1グランプリ2007』を回想していた。
サンドウィッチマンの印象は「面白いけど敗者復活戦はあがってこない」
屋敷: 2007年に準優勝。サンドウィッチマンさんが優勝ですよね。めっちゃ頑張った1年じゃないですか。どういう気持ちなんですか? 悔しいのはもちろんあるでしょうけど、解放感もあったんですか?
大村:いや~2位で終わったっていうのは悔しかった。しかもサンドウィッチマンっていう認めてたところが…
屋敷:どういう感覚やったんすか? サンドウィッチマンさんって。(当時)俺ら素人はわからんすけど。
藤田:当時は全く出てなくて『エンタ(の神様)』にたまに出てるけど、見た目はあれだし、(よしもと以外の)他事務所で、しかもあのときはまだグレープ(カンパニー)じゃないもんね?
大村:そう。弱小事務所で、だからよかったなって話してたんだよ
屋敷:ライブ界隈ではおもしろいっていうのはめちゃくちゃあったんですか? それこそトム・ブラウンさんとかメイプル(超合金)さんとか、そういう感じやったんすか?
藤田:あったんだけど、当時は他事務所の頂点が(東京)ダイナマイトだったのよ。
大村:その子分みたいな感じ
ダイナマイトの方がその当時は(存在が)デカかったから、「ちょっとサンドウィッチマン損してるなー」って感覚はあったの。間違いなくネタはおもしろいし。ネタはダイナマイトより面白いと思ってた。でも人気はなかったのよ。「(ハチミツ)二郎さんとかぶってるのは損してるなー」って思ってて。
人気はなかったから安心してたのよ。敗者復活するのって人気者が主流の時代だったから
藤田:今は視聴者投票
大村:そうそう。当時は実力も兼ねた人気者が来てたから
屋敷:ちょっとは知名度がないとしんどいイメージがありましたよね
藤田:あとは作家票があったんだよね。
大村:ちょっとなめてたら、(決勝に)来ちゃったよって。見る目あるんかい!って。そのときの大井(当時敗者復活戦が行われていた会場の大井競馬場)の観客たち。
屋敷:じゃあ(敗者復活からの勝ち上がりがサンドウィッチマンに)決まった時点で一番嫌な予感はしてたんですね
大村:(事前の)インタビューでも「パンク(ブーブー)とサンドが(敗者復活戦から勝ち上がったら)嫌だ」って言ってのよ。「でも彼らは来ないですよ。人気がないんで」ってそこまで言っちゃってたから。来たんかいっ!て
嶋佐:それがフリになってましたもんね。誰だよコイツらが
大村:ウケるよあんな…。あっちの世界の人みたいなやつらが…。
サンドの漫才は面白い。でも知名度に劣る彼らは決勝には届かないだろう。サンドウィッチマンに対してトータルテンボスの2人が抱いていた畏敬と楽観という両極の感情。しかし、トータルテンボスにとって万が一の嫌な未来予想は、無情にも現実になってしまう。
途中まで想定通りの完璧な展開
ただ、トータルテンボスも、勢いに乗るサンドを、ただ指をくわえて見ていたわけではない。
この年、トータルテンボスが、『M-1グランプリ』を獲りきるために1年をかけたあるプロジェクトを実行していた。その詳細については前半の動画を参照のこと。
M-1決勝についても、トータルテンボスの“軍師”大村の頭の中には、3度目の挑戦にして最後のチャンス、2007年決勝進出で頂点を取るプランが明確にあったという。
屋敷:じゃあホンマ取りこぼしたというか、あと一歩というの気持ちすか?
藤田:もう(途中までは)完璧だったんだけど。
俺は全然わかんないんだけど、戦略大臣(大村)がこうなったらいい流れだって教えてくれるわけよ
嶋佐:なるほど
藤田:まず今みたいに笑神籤(えみくじ)でなくて事前抽選で(出番は)中盤ぐらいがいいと(思っていた)。前半が、笑い飯とか千鳥とかポイズン(POISON GIRL BAND)とかだったらいいなみたいな。ネタもわかってたから。あんまりウケないような…
大村:(ネタのテイストが)オーソドックスじゃない
藤田:そう。変化球、変化球、変化球でくるだろうなと。そしたら(会場の)空気が沈むと。そうなったら(ネタのテイストがオーソドックスな自分たちは)5番目と引きたいよなって言ってたの。そしたら5を引いたのよ! めっちゃいい流れがきたなって!
屋敷:おお(笑)
藤田:本番が始まってみたら案の定そういう流れになって。まだ爆発も誰もしてない感じ。「これ、行くんじゃない?」って。そして俺らがネタやってボカーンって爆発したのよ
屋敷:やっと爆発した、みたいなことおっしゃってましたね
藤田:想定通り来た。絶対いけるじゃん!って
屋敷:(決勝)3回目やし、なんとなくわかりますよね。
藤田:「行ったこれ」って。少なくとも絶対決勝(上位3組によるファイナルステージ)は行くし、優勝も全然あるなって思ってたら、俺の想定外がそこで1個起きて。俺らの起こした勢いを利用して俺らの次の組のキングコングがもう一つウケて、点数も向こうの方が上をいっちゃったのよ
屋敷:あ、そうでしたっけ? 服屋のやつ、スタンプカードの(キングコングが1stラウンドで披露した「洋服屋店員」)
藤田:あれあれ?? ってなって
嶋佐:流れがオーソドックスの(方に)
藤田:ちょっと嫌な感じがしてきて…
嶋佐:そっか、そこですぐ2位になっちゃったんすね
藤田:そこでサンドが出てきたから「やべっ」てなって
屋敷:ウケる未来が見えてたんすね
POISON GIRL BANDや千鳥、笑い飯といったハマれば怖いホームランバッターらが軒並み下位に沈み、トータルテンボスの比較的オーソドックスなコント漫才が爆発。想定通りに優勝圏内に入った。
ここまで想定通りのゲームプランで進んでいた決勝。そこに想定外の登場の仕方をしたのが、当時ほぼ無名のサンドウィッチマンだった。
しかも、大村が戦略を張り巡らしたのと同じように、サンドも「戦略家」だったという。彼らも万に一つの「敗者復活からの勝ち上がり」を想定して、「戦略」を立てていたフシがあるというのだ。
大村:まあ、サンドも戦略家だから。当時は1位通過が順番を決めれたの
屋敷:そうですね。だいたい「3番」って言うけど一応聞くみたいなのありましたね
大村:「3番」って言うのってさ、「勝ち狙いにきてんのかい!」ってイヤらしさが見えるじゃん?
でもサンドはね、「3番」って言うんだけど、「こんないきなり来てなんの準備もしてないから、ネタも決めたいんで…」
屋敷:「2本目ないです」って言うてましたもんね
大村:そう。時間稼ぐために3番でお願いしますって誰にもイヤらしさが残らない…
屋敷:はっはっはっ(笑)
大村:「そりゃ仕方ないよね3番で」って。で、キングコングが2番、俺らが1番になって。
(ネタを)やって袖帰ったらさ、サンド、ネタ合わせなんてしてないもん。こうやって(ふんぞり返って)タバコ吸ってたもん
屋敷:(爆笑)もう2本目余裕であるんすね(笑)
嶋佐:それビビりますね
屋敷:おもしろ! じゃあもう描いてたんね! あの(ファイナルステージ前の)からみから。かーっ! おもろ!
敗者復活戦から勝ち上がり、その勢いのまま優勝をかっさらったサンドウィッチマン。当時史上初だった「敗者復活戦からの優勝」という快挙を許し、トータルテンボスの2人のM-1の歴史は幕を閉じた。
もしあと5年出られたら? その回答に見えた勝負師の矜持
屋敷:それで10年を全力で走ってラストイヤー。2位で終わって。そっからはどういう? 俺ら今15年なんすよ
藤田:今年ラストイヤーじゃん
屋敷:いや、俺らは(芸歴)11年目っす。だからあと4、5回出られるんす
大村:昔だったらもう出れてない
屋敷:そうそう。去年がラストイヤーでした。だからどうですか? もし15年だったらどう思います? 「嫌やなーっ」て思いますか? それともリベンジのチャンス増えた!って思います?
大村:もしあと5年出場できていたとしたらガッツポーズしてたと思うよ
屋敷:マジすか!?
大村:「またチャレンジできる」って
屋敷:「もうしんどっ!」てならなかったすか? また1年って…
藤田:いやー、なんかぐんぐん漫才が面白くなっていってるのが分かるから
屋敷:(爆笑)マジ戦闘民族っすよそれ!
藤田:真綿が水を吸うかのごとく。めっちゃくちゃ上手くなっていってるし。当時はめっちゃ進歩してるなっていうのが肌感覚で分かったからね
屋敷:じゃあ残念ですか? あと1年あればマジでいけるのにって感じですか
大村:いけると思うよ
屋敷:うっわすご
藤田:絶対行けるんじゃない?
屋敷:めっちゃしんどいじゃないですか? M-1に懸ける1年って
大村:あのときは、「優勝したら出なくていい」っていうのがあったから
藤田:その年無理でも、次の年決めればいいしって
屋敷:でも(出番を決めるくじで)1番引く可能性とかチラつかんかったんすか?
嶋佐:そんなの考えてないんだ
大村:考えてない。また5番引くだろうしって
屋敷:ひゃっひゃっひゃ! マジなんなんすか? マジすごいんすけど
嶋佐:そういうところもありますよね
藤田:全然ポジティブだったね
屋敷:「うわ、また1年がんばらな…」じゃないんすね
大村:それを噛み締めて方がいいぜ。チャレンジできる喜びを
藤田:マジで!
大村:終わって気づくから。「うわ、なんて幸せだった! あの賞レースに望めたことが」って。終わって気づくんだ
屋敷:まじ野球部の先輩としゃべってるみたいやな(笑)「お前ら練習さぼんなよ」みたいな
嶋佐:やっぱ野球部なんだよな(藤田は高校時代、野球部でエースとして活躍)
屋敷:ほんまそうっすね。体育会というか。アスリートっすね
サンドの側からしたらまさに奇跡の優勝だった。当時は敗者復活から優勝することは、文字通り「ありえなかった」。現在までにも、歴代優勝コンビ全17組のうち、敗者復活から優勝できたコンビは今も2組しかいない。サンドウィッチマンは一度は敗れ、彼らのあの年のM-1は一度終わっていた。万に一つの可能性に懸けて、それをものにした。
一方彼らの優勝は、トータルテンボスからしたら、「どんなに負けない確率を積み上げても、万が一の豪運をつかんだ者に敗れるかもしれない」という残酷な現実だった。今、2007年の最終スコアを見返してみると、イメージ以上に両者は接戦だった。ファイナルステージのサンドは4票、トータルテンボスが2票で、もし4票のうち1票でもトータルに流れていたら(形式上は)同点だった。それぐらい、紙一重の勝敗だった。
しかし、そんな残酷な「紙一重」を経験しても、彼らは「もし来年も出場できたとしたら?」という仮定の話に、「次の年決めればいいし」とひょうひょうと答える。
一度の敗北を引きずってクヨクヨしている暇はない。終わったことは仕方ない。また同じように、次の戦いに向けて、またイチからコツコツと勝利の可能性を積み上げていく。それが「勝負師」の姿なのかもしれない。
ちなみに、大村は芸能界で名うての麻雀打ちとしても有名。かつて、麻雀番組で1日に役満の国士無双と「ドラ10」というありえない和了を2つも達成する豪運を見せたことがある。
このときの運が少しでも、2007年12月に注がれていたら、という気がしないでもないが。