いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

連続殺人鬼に密着する全くありふれていない“モキュメンタリー”『ありふれた事件』

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Netflixアマゾンプライム・ビデオは、オスカーにノミネートされるほどの高水準のオリジナル作品が魅力だが、一方、世間ではあまりU-NEXTの利点が浸透していない気がする。U-NEXTは先の2サービスに比べると、少し昔の知らない映画に出会えるという利点がある。

本作『ありふれた事件』は、そんなU-NEXTでなければ、出会わなかったであろう、1992年公開、フランス発の怪作だ。

主人公はベンという中年男。長身で面長、額が広く、髪を立たせていることから、どこか吉本新喜劇の中條さんに似た男だ。

 

優しい中條さんと全く違うのは、このベンが冷酷な殺人鬼であるということ。

冒頭から早速、殺人を犯すベン。列車内で妙齢の女性を背後から襲い、絞め殺してしまう。

ところがここで、鑑賞者はおかしな点に気づく。どうやら、殺人で犯しているベンはドキュメンタリー班に密着されていたのだ。

本作『ありふれた事件』は、なぜだか「殺人鬼を密着取材する」というモキュメンタリー(フェイクドキュメンタリー)の体裁をとる、まったくありふれてないバイオレンス映画だ。

 

フランスの中條さんは、つぎつぎと町中の罪のない人々を、ありとあらゆる手で殺めていく。まるでそれはありふれたことであるかのように。理由も、金を奪うためというありふれたものだ。

密着取材班のディレクター、カメラマン、音声スタッフの3人組は、そんなベンの恐るべき殺しの手腕、そして死体遺棄までを、まるで狩人による狩猟の模様であるかのように、淡々と撮影していく。あるときは死体遺棄を手伝う始末だ。

 

どうしてベンが殺人を生業にすることになったかはわからないし、取材班もどうして殺人鬼を撮影しているのか、そしてどこでその映像を発表するのかもわからない。

ただし、この映画の世界は殺人が完全に許されているわけではないらしい。ベンの両親が読んでいる新聞では、息子の犯した事件がちゃんと報じられているし、ベンもそこでは事件に対して我関せずという顔をしてやりすごす。一応、殺人がおおっぴらにはできない世界のようだ。そのような詳細な設定は、あえて明かされないことで、鑑賞者の関心を引き立てていく。

 

一方的に、殺人者側からの目線だけを伝えているからこそ、おかしな齟齬が、おかしみを生んでいく。

あるとき、取材班の1人が取材中に殺されてしまう。悲嘆にくれるディレクターは、仲間が殺されたことに対して、カメラに向かって涙ながらに語るが、無差別殺人を淡々と密着していた彼を知るわれわれ観客からしたら、彼の大いなる矛盾に笑いがこみ上げてきてたまらない。

その後も、ベンにとって大切な存在が、別の殺人鬼によって彼がするのと同じように殺され、彼は当たり前のように絶望するが、「お前がそれはできないだろ!」というツッコミ待ちのようにしか思えない。

 

暴力に色は着いていない。すべての暴力の先には悲しみが待っている。一見、ブラックユーモアにまみれた作品に見えるが、そこにはそうしたまっとうなメッセージが隠されているように思える。

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  • 発売日: 2014/05/02
  • メディア: DVD