いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

弱く貧しい者たちを分断するものの正体 マリオン・コティヤール主演『サンドラの週末』

サンドラの週末(字幕版)

 

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映画は飾ることなく、1本の電話から始まる。昼寝から目を覚まし、受話器をとったサンドラ(マリオン・コティアール)の顔は、すぐに悲しみで歪む。彼女はうつ病からの復職を目指していたが、その電話は彼女に解雇を言い渡すものだったのだ。

サンドラの解雇は残酷な方法で決められたという。社長が16人の社員たちに、「サンドラの復職か、自分のボーナスを選べ」と投票を命じたのだ。貧しい社員たちは、16人中14人が「ボーナス」を選び、サンドラの解雇が決まってしまった。しかも、主任が、「ボーナス」を選ばなければ別の誰かを解雇するぞ、と一部の社員を脅したという噂もある。

親しい同僚が社長に掛け合ってくれて、週明けに再投票が実施されることになった。

夫も薄給のため、サンドラが復職できなければ2人の子どもたちを育てる4人の家は、住めなくなってしまう。かくして、サンドラは週末をかけて、同僚16人の説得に走ることになる。

ベルギーのダルデンヌ兄弟

ベルギーで世界的に有名な兄弟といえば、エデン・アザールアザール兄弟だと考える人がほとんどだと思うが、もう一組、ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌダルデンヌ兄弟を忘れてはならない。

カンヌ国際映画にて、パルムドール大賞、男優賞、女優賞、脚本賞、グランプリとすべての主要賞を5年連続で受賞(!!!)したというダルデンヌ兄弟がメガホンを撮った本作『サンドラの週末』は、弱く貧しい者たちの悲しい争いと、それを予め仕組んだ卑劣な制度設計についての物語。

「サンドラが正しい」わけではない

サンドラは夫や友人の助けを借りながら、一人ひとり、週末の同僚たちの家を訪ね歩き、自分の復職への投票をしてほしいと切実に訴えていく。

同僚たちの反応はさまざまだ。生活が苦しくボーナスは諦められないと拒否する者がいれば、一度目の投票で「ボーナス」を選んだことを悔いて泣きながら謝罪する者もいる。サンドラと親しかったのに、居留守を使って会うこと自体を拒む者さえいる。

美しくも儚いサンドラを演じるマリオン・コティアールの演技力に、ついついヒロインの肩を持ちたくなるところだが、ぼくらはその誘惑に抗わなければならない。

なぜならサンドラが復職したいという事情があるのと同様、ほかの同僚にだってそれぞれの事情がある。

サンドラに向かって、「ごめんなさい。でも、あなたには投票できない」と言い捨てる同僚たちも、憎むべき悪ではないのだ。

どちらだけが正しいわけでも、どちらかが間違っているわけでもない。

連帯して戦わなければならない相手によって分断されている

ここでぼくらは、「同僚(サンドラ)の救済」と「自分のボーナス」という「どちらか一つ」というゼロサムゲームを仕掛けた側こそ、見つめなければならない。

本来、弱き貧しい個人は手と手をとりあい、連帯しなければならない。1人では勝てっこないのだ。

なのに、弱く貧しい者たちは連帯するどころか、むしろいがみ合って分断されている。その状況を作っているのは、連帯して対抗すべき当のお上(本作でいう社長や主任)だ。

サンドラたちを連帯ではなく分断に向かわせた者たちは、サンドラのストーリーのクライマックスに差し掛かったところでようやく顔を出す。社長がサンドラを社長室に呼び、「社員同士でモメてほしくない」と語るのは、あまりにも滑稽で、まさに「お前が言うな」。

全編、「起きたことをそのまま撮る」というようなハンディカムによる衒いのない絵作り、シンプルな語り口はとても観やすく、テーマ設定も含めて『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016年)、『家族を想うとき』(2019年)のケン・ローチ監督を思い出した。嫌らしい言い方だが、カンヌ映画祭に好かれているのもよくわかる。

 

ただ一点、「なぜこの会社には労働組合がないのか?」ということだけは身も蓋もない、根本的な疑問だけは残った。

最後にサンドラに対して下された審判とは? そして、それを受けて彼女が下した決断は? ぜひ自分の目で確認してほしい。

 

ラストカットのサンドラの微笑みが印象的だ。実は彼女にとっては何も解決していないんだけどね。

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  • 発売日: 2015/11/27
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