いいんちょさんのありゃあブログ

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「大人の不在」を通じて『ギャングース』が描く日本の残酷な真実

ギャングース

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ギャングース

  • 発売日: 2019/06/05
  • メディア: Prime Video
 

 
一昨年、見そびれて一番後悔していた映画『ギャングース』。『サイタマノラッパー』シリーズの入江悠監督作だが、先週末、アマゾンプライム・ビデオで100円レンタルとなっていたの目ざとく見つけ、ついに鑑賞した。

 

地方の寂れた郊外(と思しき風景)を舞台に、恵まれない環境で育ち、犯罪に手を染めるしか生きるすべがなかった若者たちの姿を描くクライムムービーだ。

 

期待通りの快作だったが、本作が卓越しているのは、一見すれば「恵まれない若者たちが知恵と友情で危機を打破しようとする青春クライムムービー」の様相を呈しながら、極めてアクロバティックな方法によって、日本の病巣といえるものにメスを入れていることだ。そのアクロバティックな方法とは、「そこにいて当然のある存在をあえて描かないことによって描く」という方法だ。

順を追って説明しよう。

 

少年院で出会ったサイケ(高杉真宙)、カズキ(加藤諒)、タケオ(渡辺大知)は、犯罪者の収益(アガリ)を強奪する「タタキ」を生業にしながら、廃バスでほそぼそと生きながらえている。

 
 
 
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しかし、タタキでせっかく稼いでも情報屋の中抜きにあって手元にはほとんど残らず、3人の生活は貧困の底まま。そんなとき3人は、地元の振り込め詐欺グループが悪用する被害者リストを入手。底辺の暮らしを抜け出すため、それを元手に詐欺グループのアガリをタタキ大金を稼ぎ始める。


金子ノブアキの“名演説”

彼らがタタキの標的にする半グレ集団の“カンパニー”を統括しているのが、金子ノブアキ演じる加藤だ。高杉、加藤、渡辺が演じるメイン3人の好演もさることながら、金子演じる加藤が本作では極めて印象的な役割を果たす。

 
 
 
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彼が“カンパニー”の部下たちに向かって放つ“名演説”が、本作の大きな見せ場の一つだ。

その演説は、下記の予告動画に収録されており、ぜひ観てもらいたい。そして、まだ本編を観ていない人でこの演説に心打たれた人がいるならば、ぜひ、本編を鑑賞してからこの評論に戻ってきてほしいものだ。

 

 

この国から金がなくなっちまったのか?

あるんだよ。あるところにはあるんだよ。日本銀行、ちゃんと紙幣刷ってんだからさ。じゃあどこにあるのか? 

はいここ! 高齢者のみなさんです。こいつら、バブルで調子乗りまくって、国の借金を俺ら世代に廻しやがったくせに平均預金額はなんと二千万。不動産なんか入れるともっと抱え込んでるぞ。

だから俺はね。老後にこうやってふんぞりかえってるじじいばばあから、たったの100万200万をいただいたところで、ちっとも心が痛みませんよ。むしろその金、どん底から抜け出せねえお前らみたいな若えやつらに還元してやんだよ。社会に流通させて経済活性化させてやってんだよ。

言っとくけど、政治家のクソ野郎は何もしてくれねえからな、ボンボンの、二世三世のゲロ野郎どもがよ。生まれたときから金持ってる連中は、底辺からデッパツ(出発)してる俺らみたいなクソゴミのことなんてマジでどうでもいいんだよ。

だから俺たちは、てめえ一人ひとりでがんばんだろ。自力で、死ぬ気で、てめえの足で腕で顎一本で、超キツイ生存競争を生き残っていくんだろ。

 

加藤が訴えるのは、日本で今なお進行過程にある世代間格差への怒りと、それに見向きもしない国家への不信感。だからこそ、自分達は底辺の人間は自力で、人を騙してでものし上がっていくしかない、その過程で多少被害にあっても高齢者は痛くもかゆくもない、それぐらい格差は拡大しているのだから…というのが彼の理屈である。

加藤のカリスマ性すら帯びたこの“演説”。その内容をまっすぐに肯定することはできないが、金子の名演を伴って、不思議な高揚感、感動すら覚えてしまう危うい魔力を放っている。

「搾取」の入れ構造

紆余曲折を経て、サイケたちは加藤のさらにその上、全国の組織を束ねる頂点、「六龍天」の安達(MIYAVI)にたどり着く。そして、彼のアガリを強奪する、というミスれば死よりも恐ろしい結末が待つであろう壮大な一発逆転のギャンブルに打って出る。

 
 
 
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ところがここで、ちょっとしたどんでん返しが起きる。部下の加藤が安達を裏切るのだ。

彼は安達が受け取るはずだった組織のアガリを、サイケたちの襲撃に乗じて奪う。実は彼も、サイケたちと同じく、安達を相手にタタキを狙っていたのだ。

加藤の企ては海外逃亡寸前のところでバレてしまい、加藤は安達によって殺されてしまう。殺される直前、加藤はまたしても印象的なセリフを、今度は安達に向かって吐き捨てる。

下は死ぬまで搾取されるか、いつかパクられる(筆者注:逮捕される)かじゃねえか。弱え奴にリスク被せるだけ被してよ。オモテの奴らと何も変わらねえ。ふざけんじゃねえぞ。

ここ彼が語っているのは、実は前半で彼がホワイトボードを前に、自分の手下たちに向かってしていた演説の「下の句」の部分といってよい。

先の“演説”で加藤は「世代間格差」を告発していた。

一方、死ぬ間際に血まみれの状態で彼が語っていたのは、“カンパニー”といった犯罪組織のヒエラルキーの中で上の者が下の者を搾取する構造だ。前者が「マクロな搾取」だとしたら、後者は「ミクロな搾取」といえよう。

思えば本作では、大小様々な搾取構造が複雑に入り乱れ、多層化している。世代間の搾取、強い者から弱い者への搾取、親から子どもへの搾取、雇う者から雇われる者への搾取、知る者から知らない者への搾取、男から女への搾取…。その搾取は下流にいけばいくほど、苛烈を極めていく。

本作が描く真の「悪」とは?

最終的に、サイケたちは3人は、本作は搾取の頂点といえる安達を倒し、一件落着したように思わされる。

しかし事件後、ニュースを読むがアナウンサーの声により、安達が幼少期から虐待を受けていた、ということが知らされる。実は安達自身も幼少期から恵まれない、加藤であり、サイケたちと似たような境遇だったのだ。

つまり安達が、半グレ組織のトップにいたのは極端にいえば偶然であり、安達の座に座るのは加藤でも、サイケたちでもありえた、と言える。

 

本作における真の「悪」はなにか。それは今観てきたように安達ではない。

それは、安達を、加藤を搾取する側に回らせ、サイケたち3人がタタキをせざるを得なくなった環境そのものといえる。そう、加藤が演説で言った「超キツイ生存競争」そのものだ。

 

では「超キツイ生存競争」という環境をこしらえたのは誰か? 彼らをそうせざるを得なくしたのはだれなのか?

ここでようやく、冒頭の問いに戻ってくる。その存在こそが、本作があえて「描かない、という方法で描いた存在」。それは何を隠そう、「大人」のことなのだ。

本作は確信犯的に「大人」を登場させようとしない。子どもたちが信頼できる親や教師、警察から政治家まで、本作には「大人」が誰一人出てこないのだ。

「大人」の不在が意味すること

ここでいう「大人」とは、「子どもに手を差し伸べ、良き道へと導くメンター」の存在である。

もちろん、加藤や安達は年齢上は成人しているし、サイケたちだって成人か、もしくはそれに近い年齢だろう。しかし、彼らは「大人」ではない。「大人」になる前に「壊れてしまった子ども」たちなのだ。

最も象徴的なのは、サイケたち3人が出会う少年院の乱闘シーンだろう。洋画ではこうしたシーンですぐさま刑務官が止めにくるのが「あるある」だが、サイケたちを止める刑務官は一切登場しない。

また、サイケたちの作戦を助けるトラック野郎(勝矢)が、唯一その「大人」の候補としてあげられるが、彼はサイケらの犯行の支援者にすぎず、サイケらの頼れる「大人」とは呼べない。

 

本作で安達を、加藤をそしてサイケたちを悪の道に向かわせたのは、「大人」の不在なのだ。

このメッセージは、「大人のせいで子どもが悪の道に落ちた」という単純なメッセージ以上に恐ろしい。何しろ、「大人」たちは本作で起きた事の顛末を最初から最後まで全く「見ていない」。本作における「大人」たちにとって、「子ども」らが生きようが死にようが、成功しようが失敗しようが、加藤の言う通り「どうでもいい」のである。

 

 
 
 
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最後に登場する「大人」の意味

いや、正確にいえば、「大人」はラストシーンになってようやく出てくる。

場面はラーメン店。サラリーマン風の2人組が週刊誌片手に事件の顛末について語っている。そしてこういうのだ――「生い立ち悲惨なやつが全員犯罪者になるわけじゃない。自業自得」。

肝心なときにそこにはおらず、あとからやって来て手垢のついた自己責任論で「子ども」の不始末をなじる。

サイケ、カズキ、タケオがゲラゲラ笑って幕を閉じる軽やかな終幕と裏腹に、本作が最後に用意した日本の「大人」たちへのメッセージは、極めて辛辣である。

ギャングース Blu-ray (スペシャル・エディション)

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