いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

「007に黒人女優」をめぐるいくつかの“誤解”

 来年公開予定の『007』シリーズ最新作『Bond 25(仮題)』で、コードネーム・007のエージェントをイギリス出身の黒人女優ラシャーナ・リンチが演じる、と報じられて物議を醸している。まだ正式なリリースではなく噂レベルでしかないが、日本ではそれでも衝撃が走っている。

 ここでも、例のごとく「女が007をするな!」「またポリコレか」と喚き散らす人々が後をたたないのだが、その点でいくつかの誤解があるように思える。

 ここでは3つに絞ってその誤解を解いておきたい。ただ、1と2についてはこちらも正直、書いているだけで恥ずかしくなってくるぐらい初歩的なレベルが低い誤解であり、ほとんどの人は読み飛ばしてもらっていただきたい。

 

007 スペクター (字幕版)

【誤解その1】ジェームズ・ボンドを女性が演じるわけではない


 まず、基本的な情報だが、ジェームズ・ボンドを女優が演じるわけではない。「007」はあくまでもコードネームである。
 本作では、すでに007を引退して隠遁生活を送っていたボンド(クレイグ)を、新しい007を演じるランチが呼び戻しに行く、というストーリーとのことだ。

 「初の黒人女優」というのは、キャラクターではなく役職のこと。ちなみに、ぼくが思うに、「007は白人男性」なのが決まっているのは、スパイとして致命的だと思うのだが。すぐ敵にバレちゃう。

 

【誤解その2】あくまで主人公はボンド=ダニエル・クレイグ

わしは女性の地位向上に賛成するし、「スターウォーズ」の主人公が女性になっても違和感を持たなかったし、王子さまを必要としない「アナと雪の女王」も大好きなのだが、それをポリコレとは感じなかった。
作品世界を壊すものではない。

だが「007」の主人公を黒人女性にする必要があるとは全然思えない。それこそ作品世界の破壊である。

https://blogos.com/article/391751/

 今回の件では、一人称が「わし」なことで有名な漫画家・小林よしのり氏がいち早く吠えているのだが、これは根本的な勘違い。


 先述したように、ジェームズ・ボンドが007を引退した」だけであって、ダニエル・クレイグジェームズ・ボンドを降板した」わけではない。そして、主役がクレイグ=ボンドであることもすでに発表されている。(あくまでまだ噂レベルではあるが)今回の007を初めて女性が担当するとの情報は、いわばクレイグ版ボンドの物語上の設定にすぎないのだ。

 それを取り上げて喚き立てるのは、少々気が短すぎるのではないか。

 
 むしろ、「007を降りるボンド」はなんとも胸アツ設定ではないか。ディズニー/ピクサーでここ数年『カーズ/クロスロード』や、公開中の『トイ・ストーリー4』で描いている「ピークを過ぎた斜陽ヒーローの身の振り方」を描くトレンドに接近しているのではないか、とさえ思えてくる。


 「自分の限界を認め、007という肩の荷を下ろした哀愁ただようボンド」がスクリーンで見れた日には、わしは感動でもう涙ちょちょぎれそうじゃよ。

 

【誤解その3】クレイグ版ボンドはそもそも“異端”

 そして、ほとんどここからが本題なのだが、クレイグ版ボンドは、これまでのシリーズと比べると“異端”だということだ。

 たとえば、セックスシンボルとしてのジェームズ・ボンド。ボンドといえば、プレイボーイのイメージで、今回の「007=女優」の噂にも、男らしく、女にモテモテのヤリチンというイメージから著しくかけ離れているからこそ、「またポリコレか」と嘆く声が出ているのだろう。どうでもいいが、ツイッターで今回の騒動に「伝統芸能を守れ」みたいな言葉を目にして、胸焼けがした。
 

 閑話休題。これまでのプレイボーイなボンドを守れ、という批判。ぼくはここに違和感があった。
 はて? クレイグ版ボンドでは、そもそもそんなに女を抱くシーンが描かれていたっけ?


 ということで、調べてみると以下のような面白い記事が出てきた。孫引きで申し訳ないが、「歴代ボンドの抱いた女の数を数える」というクソほどしょうもなく、かつクソほど面白いことが期待できる記事だ。数えた結果、以下のことがわかったそうだ。
 

1位に輝いたのは、3代目ボンドのロジャー・ムーアで、たった7作品の中で、何と19人の女性とベッドを共にしているという。

 2位は、初代ボンドのショーン・コネリーで、6作品で15人のボンドガールと、3位の5代目ボンドのピアース・ブロスナンは4作品で9人の女性と関係を持っており、1作品で2、3人の女性と絡んでいることになる。

movie.walkerplus.com

 

 ロジャー・ムーアが演じた3代目ボンドが、一番はっちゃけていたというイメージはあったが、やはりイメージ通り。1作でほとんど3人とラブシーンがあるということである。仕事しろよ。

ムーンレイカー(デジタルリマスター・バージョン) [AmazonDVDコレクション]


 ではそれに対して、クレイグが演じた6代目ボンドはどうなのか。
 

現在ボンドを演じている6代目ボンドのダニエル・クレイグは、『007 カジノ・ロワイヤル』(06)、『007 慰めの報酬』(08)でたったふたりの女性としか関係を持っておらず、1作品で1人の女性という、“誠実なボンド”に変化している。
 
同上

 これもイメージ通り。やはり印象通り、クレイグ版になってラブシーンは抑え気味になっている。
 
 ちなみに、このあとクレイグは「スカイフォール」「スペクター」の2作で主演。この2作について調べた記事がなかったので、ついにぼくは自分のライブラリーから2作を引っ張り出してきて、この記事を書くためだけに見返しましたよ。こんなことで見返すなんて僕もびっくりしましたよ、ええ。


 結論から言うと、2作のクレイグはそれぞれ2人の女性とラブシーンがある。つまり、4作で6人だから平均1.5人。やはり、抑え気味になっていることがわかる。
 
 つまり、時代の要請なのかは定かでないが、クレイグ版ボンドはもともとプレイボーイのイメージが脱色されつつあったということである。

 ちなみに、ベッドシーンが減ったことは、作品としのクオリティの著しい向上に寄与したと思われる。だって、最近のボンドは、エッチしている暇がないぐらい毎回壮絶な目にあっている。過去のシリーズと比べてもなかなかすごい。しかし、もしあそこにベッドシーンをぶち込んでいたら、間延びして退屈になっていただろう。
 
 このことを無視して「またポリコレか」伝統を守れ()」とやっている人たちはおそらく、クレイグになって以降のボンドを観ていないのではないか、と思っている。

 
 さて、最後になるが、ダニエル・クレイグ自身が実は、6代目ボンドに抜てきされた際、厳しい批判にあっていたことを思い出してもらいたい。

クレイグが本作への出演が発表されるとすぐに、インターネットではクレイグのボンド役に反対するウェブサイト、クレイグノットボンド・ドットコムが立ち上がり、耳が大きすぎる、金髪のボンドはダメ、じゃがいも顔、などと批判を受けた

www.cinematoday.jp

 

 クレイグ自身も、実は容姿を理由に最初は「007にふさわしくない!」とバッシングを受けていたのだ。
 
 しかしどうだろう、蓋を開けてみれば前代ピアース・ブロスナンの4作を抜いて、5作目が作られようとしている。さらに、「スカイフォール」は、シリーズ最高収益を樹立した。ボンドにふさわしくないと叩かれたクレイグは、結果で批判者を黙らせたのである。
 
 そんなクレイグは『Bond 25』を最後に降板することが決まっている。異色のボンドの最後に、異色の黒人女優007が登場する。異色づくめのフィナーレにうってつけではないか。

 

 何はともあれ、女性の007が好きな人も嫌いな人も、来年の公開を待望しようじゃないか。あーだこーだいうのはそれからでも遅くはない。