いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

【書評】マネー・ボール/マイケル・ルイス

マネー・ボール (RHブックス・プラス)

マネー・ボール (RHブックス・プラス)

「安物買いの銭失い」ということわざがあるが、これは絶対の法則とはいえない。よく探し、よく吟味すれば、誰の目にも止まらずに埋もれていた安くてよいものが見つかることだってあることを、ぼくらは知っている。


本書『マネー・ボール』は、そんな「誰の目にも止まらなかった安くてよいもの」をかき集め、誰もがうらやむ宝箱を相手に戦う男、ビリー・ビーンを取材したノンフィクション。彼がゼネラル・マネージャー(以下GM)を務めるメジャーリーグ球団オークランド・アスレチックスの、主に2002年のシーズンを追っている。
アスレチックスは現在もリーグを代表する強豪の一つだが、何と言ってもその特徴は、1勝あたりにかかるコスパのよさ。要は貧乏なのだが、貧乏なのに強いチームなのだ。金満球団が湯水のごとくお金を使った末に手にする1勝を、アスレチックスはその1/10以下の値段で安々と手にしてしまう。
それを可能にするのが前述したように「安くてよいもの」の獲得だが、そこには、それまでの常識とされてきた選手の評価基準を覆し、他の球団が考えつかないような――もしくは考えついても馬鹿げていると一蹴するような――選手の獲得方針がある。


たとえば、その一つが出塁率だ。
多くの野球少年は、父親に野球の見方を教わる際、打者を評価する指標として打率を習うものだ。2割8分でまぁまぁ、3割打てれば上出来だ、とぼくも教わった記憶がはっきりある。同時に、出塁率については全く教わらなかったことも。
だが本書は、出塁率の重要性をこう説く。

 野球を分析して行くと、さまざまな意義深い数字が表れてくる。だが、野球において最も肝心な数字――飛び抜けて圧倒的に重要な数字――は3だ。すなわち、イニングを区切るアウト数である。スリーアウトになるまでは何が起こるかわからない。スリーアウトになってしまえばもう何も起こらない。したがって、アウト数を増やす可能性が高い攻撃はどれも、賢明ではない。逆に、その可能性が低い攻撃ほどよい。
 ここで、出塁率というものに注目してほしい。出塁率とは、簡単に言えば、打者がアウトにならない確率である。よって、データのなかで最も重視すべき数字は出塁率であることがわかる。出塁率は、その打者がイニング終了を引き寄せない可能性を表している。

p.102

サルディ・アンダーソンという別のGMの小冊子からの孫引きだが、これほどまでに単純明快に、出塁率の重要性を解説してくれた言葉――と同時に野球の本質をついた言葉――をぼくは知らない。
出塁率は何も最近できた指標ではないが、それを絶対的な選手の評価軸にしたのが、アスレチックスなのだと著者は指摘する。他の球団は、火の出るような弾丸ライナーや、宇宙まで飛びそうなホームランを打てる強打者を見つけることに腐心し、フォアボールを選んで一塁へのほほんと歩いていく打者には気にも留めない。それは、低打率でも出塁率の高い選手をビリーが安く手に入れられたことが、物語っているだろう。
日本のプロ野球ではいまもおなじみの送りバントや盗塁についても、「アウト数を増やす可能性が高い攻撃」として、ビリーおよび本書は否定的だ。


本書では、ビリーのパーソナリティにも光をあてる。
彼を語る上で外せないことは、彼自身がかつて将来を嘱望されながらも大成しなかった元プロ野球選手だった、という過去だ。
また、効率を重視し、主観をできるだけ排してデータにこだわろうとする彼だが、一方でチームが上手くいっていないとブチ切れて物にあたるほどの短気でもある。強権的で、選手の起用法、戦術に関しても監督は彼に逆らえない。そんな性格は、毀誉褒貶があったあのアップルの故スティーブ・ジョブズと似ている気がする。
しかし、そんな偏屈な彼の手によって確実に、マイナーリーグや他の球団で埋もれていた「傷物」(どこかに何らかの欠点がある選手)が、息を吹き返していく。


野球について書かれた本書だが、発表後、おそらく「野球よりサッカーの方が面白い」と書かれた別の本以上に、球界からの激烈な怒りを買うことになる。その反応をレポートする著者のあとがきも興味深い。批判者の中には、ビリー・ビーン本人が書いた本だと勘違いしていた者もいたという。つまり読んでいないのだ。
著者は、こうした反応を受けて、メジャーリーグの球団経営は「ビジネス」でなく「クラブ」なのだと、皮肉っている。

ビジネスなら、誰かが、競合相手に自分の商売の秘訣を打ち明けてくれたら、大喜びするはずだ。その秘訣が疑わしいと思ったにしても、本を手に取り、なかをのぞいてチェックするぐらいのことはするだろう。
pp.441―442

全くそのとおりで、彼らが参考にしようとしないのは、書かれてある内容に明確な間違いがあるからではなく、彼らがこれまで信望してきた価値観、常識を真っ向から否定されたことへの、アレルギー反応なのだろう。


実は、ビリー・ビーンは2014年現在も、同じアスレチックスでGMの職を続けている。その間、彼の念願であるワールドシリーズ制覇は成し遂げられていない。
そのうち何年かは地区優勝し、プレーオフに進出しているが、その成績は芳しくない。本書も認めるように、厳密な統計にもとづく「安物買い」は、レギュラーシーズンという長丁場では有効だが、プレーオフという短期決戦はデータが少ないことから効果をあげていないのだ。
また、ここ数年、東洋の国からヒロユキ・ナカジマというスター選手を獲得したが、現在行方不明になっているなど、上手くいかないこともある。
結果的に、アスレチックスの方法もまた「絶対ではない」ということがわかり、野球という競技の奥深さをぼくらは知ることになった。
本書を読めば、見果てぬ夢を追いかける偏屈で型破りなGMが率いるアスレチックスのファンになってしまうかもしれないし、そうでなくても、野球の新しく、そして面白い見方がわかるはずだ。


↓↓↓ちなみに、有名だがブラピ主演で映画化もされている↓↓↓

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