いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

【映画評】テロ、ライブ


本当かどうかは定かでないが、9.11で2機の旅客機がハイジャックされたのは、最初の1機で注目を集め、2機目の衝突をメディアを通じて放送させるという狙いがあったとされている。いわばそれは、メディアを意識した大犯罪だったわけだ。
日本のメディア史でも、娯楽の王様が映画からテレビに変わった瞬間は、70年の浅間山荘事件だとされている。ネットの生中継が普及した現在でも、多くの視聴者の耳目を集める「事件中継」は、テレビの"花型コンテンツ"だ。
本作「テロ、ライブ」は、テロ事件の生中継というこれ以上にない「注目の集積地」を舞台にした、韓国発のサスペンススリラーだ。


不祥事でテレビ局からラジオ局に左遷された、かつての国民的人気キャスターのユン・ヨンファ。坂上忍大鶴義丹と岡村ちゃん、そしてときどき清水亮氏という顔をしたハ・ジョンウが演じているが、日本でいうとこのポジションは誰だろう? 古館伊知郎とは思いたくない。安住アナだろうか? 
生放送出演中に局からすぐ近くにある漢江の橋が爆破され、彼の番組になんとテロリスト本人から電話がかかってくる! ヨンファはこれを復権の絶好機ととらえ、テロリストとの生電話対談を企てるのだったが……。


本作は、突如テレビの生中継スタジオに取って代わられたラジオのスタジオ(こんなこと実際にあり得るのか?)という、ほぼ一場面を舞台に行われる1シチュエーション映画といえる。「斬新な脚本」というふれこみなのだが、ぼくはなにより、この基本的には地味な絵面をほぼ90分間もたせることのできた手腕の方が凄いと思う。

最初はテロリストを利用しようと騒動に手を突っ込んだヨンファだったが、テロに巻き込まれた元妻と彼自身の命も危険に晒されていることを知り、自身の出演がテロリスト側に「仕組まれたもの」だったことを悟る。テロリストとの電話対談という極限の状況の中で、視聴率に目がくらみ人命を軽視しようとするテレビ局の本音、対面を取り自分たちの非を認めようとしない政府の無病主義、そしてなぜヨンファが選ばれたのかが、つぎつぎ暴かれていく。


本作は前述したように、善悪の前に注目を集めることが至上命令となっているメディアのあり方を批判的にとらえるが、気になったのは視聴者の顔が一切見えないことだ。「やった!視聴率70%だ!」などとヨンファの上司が身勝手に喜ぶのだが、肝心の視聴者の存在が一切感じられない。それは、主人公らメディア側の人間と政府側の人間、そして橋の上で現に取り残される被害者ら以外、誰もそこに映らないからだ。「ラーメン屋の古びたテレビに客と店員らが釘付け」というあるあるな場面すらない。
また今の時代(舞台設定は恐らく2013〜14年)、テロが起きたと聞いてネットを開かないのはメディア関係者としてモグリだろう。このテレビ局の社員は、めちゃくちゃ情弱か、もしくはかなり仕事ができないのだと思われる。
ネットを取り入れると話の収集が着かなくなるからあえて無視したのかもしれないが、それにしても、人の目が集まる中で主人公がどう振る舞うかが最大の見所となる中で、視聴者の存在感が一切ないことは緊張は減じているような気がする。


韓国政府の罪(といってもこれは架空のもの)、そしてヨンファ自身の罪が暴かれていき、クライマックスではついにテロリストと対峙することに。
結末はむちゃくちゃナイーブで、左翼的だ。そういう考え方が間違っているとは思わないが、同時に「その程度のことが言いたかったんかい」という気がしないでもない。
メディアの人間が取材対象者に近づき過ぎてミイラ取りがミイラになる様は、日本でもよくある嫌な光景だが、このように一時の情に流されたようにドカンと終わらせてしまうあたりは、推薦文で作家の貴志祐介が「邦画では絶対にあり得ない」と指摘するように、なるほどたしかに韓国映画的で、なんともいえない余韻を残す。