いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

【書評】震度0

震度0 (朝日文庫 よ 15-1)

震度0 (朝日文庫 よ 15-1)

1995年1月17日、兵庫県で震度6を観測する大規模な地震が起きたその日、N県警察本部でもう一つのトラブルが発生した。現警務課長であり、その実直な資質、県警内の生きた情報に強いことから次期監察官室長を嘱望された不破義仁がおなじ17日の朝、公舎から忽然と姿を消したのである。震災による被害が徐々に明らかになっていく最中、県警本部長の椎野以下幹部らは極秘に不破の捜索を開始したが、ことは彼ら県警幹部の中枢を深くえぐることになっていく……。


横山秀夫による480ページあまりに及ぶ長編小説が描くのは、ある地方県警の内部で突如勃発した権力争いである。

キャリア/ノンキャリア、警務部/刑事部、登りつめられる上がみえたベテラン/将来有望な若手という具合に、何本もの境界線が引かれ、そのパワーバランスも状況の変化、新たな情報の浮上で刻一刻と変わっていく。
横山の長編でいうと、日航機墜落事故で降って湧いた新聞社内の部署争いを描いていた『クライマーズ・ハイ』に似た雰囲気をもつが、あの作品と同様か、それ以上のエグい権謀術策の化かし合いが繰り広げられる。


また、場外乱闘といわんばかりに、公舎に住まう彼らの妻たちが繰り広げる、今風にいえば「マウンティング」の応酬も見もの。特に、県警ナンバー2の冬木警務部長の妻紘子は、最初ちゃらんぽらんで頼りない若妻という風情で登場しながら、徐々にその悪魔的な狡知で、強い存在感を放ちはじめる。


登場人物たちの関心は次第に、テレビの中の出来事でしか大震災から、同僚の失踪一点へと収束し、互いに向けた敵愾心も剥き出しになっていく。
しかし、彼らの関心を支配するのは同僚の安否そのものでない。あくまで彼の失踪に隠された謎の方なのである。
不破課長の失踪を、ある者は暴かれてはならないかつての不祥事の影として怯え、ある者は自分の出世の障害物として即時に除去することを図り、またある者は取引の材料にしたて自分が利するよう画策する。


そして読者はいつしか気づくのである。神戸で何千人もの人が犠牲になる大災害が起きている中、一警官の失踪が彼ら警察組織のピラミッドの外からは「観測できない激震」を走らせたことを。そして、タイトル「震度0」とは、そうした警察組織の狭い世界と、その世界に人生をとらわれた哀れな者たちへの、大いなる皮肉なのだと。


公務員世界の理不尽な無謬主義、馬鹿げたセクショナリズムを、本作は硬質な文体で、ときに情感を込めながらもどこかあざ笑うように描いている。


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横山秀夫「出口のない海」
速水健朗「1995年」