いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

【映画評】善き人 ★★★☆☆


ナチス政権下のドイツで翻弄される大学の文学教授と周囲の人間を描く。ヴィゴ・モーテンセン主演。
「善き人」というのは、まさにモーテンセン演じる主人公の文学教授だが、彼が「実はそんなに善き人でない」というのは冒頭ですぐ示される。書いた小説がヒトラーに気に入られて、ナチスに呼び出された彼が、党幹部を前にビビって「やらされた感抜群のナチス式敬礼」を披露するのだが、それが全てを物語る。一瞬だがすばらしい名演なので、ぜひ観てほしい。

たしかにこの主人公ハルダーは一見“善人"にみえるが、それはつねに局所最適なのだ。ナチスに説得されれば嫌々ながらも党員になるし、母親に泣きつかれれば介護にせいをだし、病気の妻の代わりに家事をやり、親友のユダヤ人のためにパリ行きの切符を求めて奔走し、そして教え子の女子学生に迫られたら最初は拒みはすれど結局は……。そこに一貫した道徳律はなく、すべてが場当たり的で、いわば日和見主義者なのだ。

だからといって映画がクソだといいたいわけではなく、ナチス政権下と表出するそういった人間の弱さを描き出した点で、この映画は評価に値するし、ハルダーはつねにその場の風向きによって「善い人」であることにはかわりない。だから悩ましいのだ。
特に、精神的に病みもう若くはない妻を捨てて若いアンに行くあたりのクズっぷりはすばらしい。というのもそれは、ナチスのやった優生学を象徴的に表しているからだ。
また、ユダヤ人弾圧が強まり親友モーリスの行方を探しにいく際、アンに諭され鏡に移る自分の姿を見るシーンもいい。ナチス軍服でアレをされるというド変態っぷりもサイコーだ。


親友モーリスとのやりとりも印象深い。ハルダーとナチスを憎みながらドイツ国民としての強い自負があるこの精神科医と彼の家で夕食を食べるシーン。ユダヤ人ということでメイドが雇えず、彼が自分で作った拙い料理を出しながら、たいして食べさせもせずに皿を引っ込める場面など、親友にそんな惨めな姿を見せることになった彼の身を思うと、胸が締め付けられる。
クライマックスのユダヤ人収容所の描写も、地味に力が入っている。「楽団の幻」については賛否があるだろうが、個人的にはあの映画全体の統一感から微妙にずれた違和感は楽しめた。


戦争中とはいえほとんど乱暴なシーンのない地味な映画だが、それなりにずしっとくる骨太な佳作だ。あと、邦題は最初どうだろと思ったが、この地味さに合っていると感じた。