凄いですね、石原さん。
結党した党をわずか4日で解党しちゃいました。いくら冬の日照時間が短いといっても、この太陽は沈むの早すぎます。
おそらく、他党との合流は既定路線だった。そう考えると党名からしてテキトーだったのは、最初から「捨てアカ」だったという疑いが強い。わずか4日の命となったのは、結党翌日にあろうことか野田さんが解散へ腹をくくったという、石原さんからしたら大きな誤算があったと思われます。
それにしても可哀想なのは減税日本=河村さんですよね。
婚約していた男を土壇場で別の女に持ってかれたかっこうです。裏切られ方が鮮やかすぎて、逆に感心してしまいます。
おまけに石原さんから「ネーミングが粗悪」と後ろ足で砂かけれてます。それでもなお、「党名がいかんと言われりゃ、名前変えます」と、その後ろ足をつかんですがりつく始末…みじめすぎます。
誰がみたって集票力でいったら、現状河村さんよりは橋下さんでしょうが、、、こんなことやってていいんですかね?
右翼の人って愛に溢れているというか、義理堅いというイメージだったんですが、そうでもないようです。石原さんにしてみれば国家の窮状に直面した今、手段なんて選んでられねーよということなのかもしれませんが。
はいはい愛国無罪、愛国無罪。
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ところで、石原さんにdisられた減税日本という党名。一周回っていまでは誰もネタにしなくなりましたが、最近ある企業のことを思い出しました。その話はぼくが就活をしていた時代にまでさかのぼります。
数多の文系大学生と同じく、ぼくも就活がはじまった時点では特に志望する業界もなく、リクナビで広告代理店などのシャレオツ企業へエントリーの絨毯爆撃を繰り返してたわけです(こういうアホな学生がめちゃくちゃいるわけですからね。リクナビ登録企業の人事部の苦労たるや……)。そのなかで一度だけ、こちらから選考を辞退した企業がありました。
それは、ぼくはある広告企業の説明会に訪れた時の話です。
大学では社会学的な学問領域を専門としていたので、広告の本も読んでいました。そしてそこで少し読みかじっていただけに、80年代の渋谷の西武やパルコ的な、ああいうスタイリッシュでシティー派なデザインこそが、広告の最先端であり主流だとそのころは思っていました。
しかし、ぼくがその日説明会に訪れた会社が手がけていたのはぼくが思う「広告」とは名ばかりだった。スライドショーで見せられたその会社の過去の実績とは、荒涼とした地方の郊外にぽつんとある店の、「安い」とか「早い」とかデカデカと書かれてある看板でした。それがその企業の主な仕事だった訳です。
スライドの一枚目でソッコー気がつきました。
なんか、思ってたのとちがう。
あまりのショックで、ぼくは説明会後のSPIかなにかを辞退して家に帰ってきてしまいました。
地方のロードサイドを車で通ればわかると思うんですが、確かにああいう店は見えてなんぼなので、真っ赤な字で「安い!」とあったり、真っ黄色な字で「早い!」と書いてあった方が効果的なわけです。「おいしい生活」なんかいうコピーを読んで「ふふん、おいしい生活ね」とほざくのは一部のサブカルくそ野郎だけです。大多数の人は、「安い」「早い」に釣られて入っていくのでしょう。現にその会社の社長さんは、自分たちの手がけた広告(というか看板)でお店の集客力がUPすることを、誇らしげに訴えていたという記憶があります。シャレオツな広告やコピーを並べても、人が来てくれなければ意味がない訳です。
しかしそれでも、当時のぼくにはどうしてもその俗物的で、即物的で、そしてなによりダサいところが、耐えられなかった。
今回、不名誉な形でふたたび脚光を浴びている減税日本という党名を読んでいて、あらためて当時選考を受けたその企業を思い起こしました。
減税日本という異様な党名のその異様さがどこからくるかというと、いわば、圧倒的に「形而下」な名前なんですね。「自由」だとか「民主主義」だとか「たちあがれ日本」だとか、そういった形而上の高潔な理想を掲げる党が多い中、単刀直入に「減税をします!」と訴えるこの党名は圧倒的に即物的です。背に腹はかえられない――そんな河村さんの名古屋県気質というのが伝わってきます。
先述したように「ネーミングが粗悪」だと元「太陽の党代表」さんにdisられたわけなんですが、結局国民の当面の願いって、消費税を上げないでだとか幼稚園を増やしてくれだとか、そういうものなわけで、いっちょまえな理想を掲げたあげく何をやっているのか分からないような党よりは、はるかにマシなんじゃないでしょうか。