いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

規制緩和という名の病理 〜『インサイド・ジョブ 世界不況の知られざる真実』レビュー〜

2008年9月15日を境に世界は一変する。アメリカの投資銀行リーマン・ブラザーズの破綻に端を発した世界同時不況である。アカデミー賞の長編ドキュメンタリー部門を受賞した本作『インサイド・ジョブ』は、この不況に至るまでの道筋をたどりながら、はっきりとこう切り捨てる。この世界的不況は「人災」である、と。

同じテーマではマイケル・ムーア監督の『キャピタリズム』があるが、あの作品が全編ユーモアに満ちたいつものムーア節であるのに比べると、この『インサイド・ジョブ』は一部強烈な皮肉も含まれるものの、すこし硬質な印象を与える。というより、ムーア作品の方が特異で、こちらがオーソドックスなドキュメンタリーといった方がいいかもしれない。本作では問題となったデリバティブCDOCDSといった金融商品のシステムのややテクニカルな解説もあるため、ムーアの作品を観てさらに興味を持ったならこちらを観るといいかもしれない。英語版のナレーションはマッド・デイモンが担当している。


話は、1929年の株価大暴落を経験した後、厳格な規制によって囲われていたはずのアメリカ金融業界のタガが緩み出したところから始まる。70年代、子どもを養えなくて夜間に副業で車掌をやるトレーダー(!!!)がいるほど清貧な仕事であったが金融業が、なぜこれほど莫大にふくれあがり、後に崩壊したのか。本作は、80年代のレーガノミクスから順を追って、金融業界がいかに政治の中枢に入り込み、いかに懐柔していったかに焦点を当てる。


ぼくが観ていて、ああ、これはアメリカという国の一つの病理なのかもしれないと思った箇所がある。金融業界の規制緩和には当然反対する向きもあり、1998年にCFTC(商品先物取引委員会)がデリバティブの規制法案を提出しようとするも、財務省や金融業界からの激烈な反対により却下される。反対に、2000年にはデリバティブ規制を禁ずる法案が可決されるのだ。

もう一度書く。「規制を禁ずる法案」である。
ぼくはこのような法律を寡聞に知らない(もしかしてあるのかもしれないが)。法律というのは普通、安きに流れやすい人間の営みが実際に安きに流れないよう歯止めをかけるためのものである。しかしこの法案の趣旨は根本的に違う。デリバティブ商品を使ってどのようなものも(たとえば会社の倒産や人の死でさえ)商品化していいと、無限の自由を「義務化」しているのだ。これが自由の国アメリカの病理といわずしてなんという。実質的にも、この法案がきっかけとなりアメリカの金融資本主義という巨人の巨大化は進み、最終的には深刻なモラルハザードをいくつも起こしながら、自壊してしまう。


作品は、金融業界の膨張に加担した人、そばから警鐘を鳴らし続けた人、そして、こうした富のピラミッドの最下部で実際に被害をこうむった人など、さまざまな立場の人へのインタビューで構成されている。また、この不自然なバブルの膨張を助長したといえる格付会社や、金融業界から多額の報酬を得て肯定的な論文を発表した経済学者(これこそ御用学者!)などにもスポットは当たる。とくに、危険な金融商品に最高評価のAAAをつけ続けた格付会社のトップが、リーマンショック後に議会で発言した「あれ(AAAという評価)はあくまでも我々の”意見”だ」という言葉には、ここまで来ると呆れを通り越して笑えてくる。


本作を観ていると、グローバル経済といわれているものの内実が見えてくる気がする。国境や言葉の垣根がとりはらわれて世の中がグローバルになったからといって、それは決定権の分散を意味するわけではない。決定権は依然、アメリカのごく一部のWASP(ホワイト・アングロサクソンプロテスタント)と呼ばれるエリート層に握られており、グローバルになったということは彼らへの富の集中をよりいっそう強化したということに他ならないのである。

では、そんな彼らが決定権をもつ世界経済が破綻した今、責任も彼らが取ってくれるのだろうか?

もちろん取ってはくれない。先の金融危機に関わったウォール街の大物たちの多くは、その巨額の報酬や退職金を、一銭も返金していない。インタビューで出演するブッシュ政権時の財務次官は「(金融危機の)原因は隠れて探しにくい」と言って、結局は複雑になったシステムに問題をすげ替えてしまう。


ドキュメンタリーは、現オバマ政権では本格的な金融業界の規制には乗り出せないということを仄めかしながら、不穏な形で終わる。そしてこの予言が不幸にも的中し、未だに経済不況は収束していない。
今年11月にはアメリカの大統領選がある(もう4年か、早いな……)。財政再建はまちがいなく一つの大きな争点になるだろう。大統領選を占う上でも、本作をとおして「これまでのあらすじ」を復習するのがいいかもしれない。