いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

英語の恋愛表現とそこから見えてくるアメリカ人の恋愛観が面白い

すでに刊行されて三か月がたとうとしているが、6月にこういう新書が出版された。


性愛英語の基礎知識 (新潮新書)

性愛英語の基礎知識 (新潮新書)


TokyoMXの「5時に夢中!」にて、新潮45中瀬ゆかりが紹介していたので存在は知っていたのだが、暇つぶしの気持ちで昨日手に取ってみて、これが思いのほか面白かったのでここでも紹介したい。


著者は吉原真理というハワイ大学の教授で、数年前にも『ドット・コム・ラヴァーズ』という新書にて、日本でいうところの「出会い系サイト」のアメリカ版をみずから“フィールドワーク”した体験記を書いている。「出会い系サイト」というと日本ではかなりいかがわしく印象も悪いが、アメリカではonline datingと呼ばれ、ネット市場でもっとも大きな規模を誇っているほど、実はかなり一般的なツールなんだそうだ。こちらも面白かった。

米国での恋愛シーン全般で使われる表現を紹介


本書が解説する「性愛英語」というのは、米国での出会いの場面、あるいは深い仲になった間柄で使われるエロティックなものも含む、英語表現全般のことだ。もちろんそれは日本の中学・高校の教科書ではお目にかかれるような代物ではない。俗語や隠語表現も含め、現在もアメリカで暮らしている著者が生活の中で耳にしてきた、とりわけ恋愛の場面で男女、もしくは男男、もしくは女女が交わす言葉の数々だ。しかし、この本を読むことで知り得るのは、向こうで使われている「生きた英語」という言葉だけではない。(以下引用個所は太字)


中瀬親方は先の番組中で、たしか例としてfriends with benefitという言葉を紹介していた。これは日本人が言うところの「セックスフレンド」というやつだ。benefitとは……なるほど、確かに便益しか残らないような間柄だ。そのほかにmissionary positionという語がある。これは単刀直入に言うと「正常位」のこと。真偽のほどは定かでないらしいが、かつてトローブリアンド諸島の先住民が西洋人宣教師がその体位でセックスしていたことを揶揄してそれを真似たのが語源だという俗説もあり、とにかくそう呼ぶらしい。

たしかに、そのような日本語にすんなり互換できる語を見ていくのも面白いのだけれど、僕はむしろ、「日本語にうまく互換できない言葉」にほど興味をひかれた。

“上手く翻訳できない部分”にこそ生まれるその国の恋愛の特色

言葉というのは、人が物事を理解していくために頭の中に打ち立てている「柵」のようなものだ。日本人は虹に7色を見る。だが世界には虹に5色を見る言語の話者がいるし、もっと少ない3色を見る言語の話者もいる。どれが正解ということはない。とにかく、物事の構造がまずそこにあってそれを説明するための言語があるというよりも、個々の恣意的な言語がまず先にあり、その構造によって物事の構造や社会の仕組み、ひいては人のものの考え方が構築されている、とも考えられるわけだ。

先のfriends with benefitmissionary positionのように、日本語にうまく互換できる「性愛英語」がある一方で、本書の中では、うまく互換できないような単語や表現も表現されている。実はそういう「互換性の齟齬」にこそ、現代アメリカ人の性愛英語と現代日本人の「性愛日本語」の構造のちがいであると同時に、両国人の頭ん中、つまりアメリカ人と日本人の恋愛観のちがいが見て取れるというわけだ。
もちろん、本書は著者の体験や著者の友人の話が元ネタになっているため、これが“真の”アメリカの性愛表現だとは言いにくい。
最近意味を知って、現在僕の中での下世話単語ランキング第一位の「ヤリ目」も、日本人みんなが知っているとは多分言えないが、それは同じだ。しかし少なくとも、日本語会話に「加工」されたSATCを見ることでかの国と日本の恋愛観の相似の部分にばかりに目が行っていた僕の脳には、この本は刺激的だった。


たとえば、著者自身日本語では訳せないと書いているのがflirtもてあそぶとかからかうという意味があるらしいが、恋愛の場面では相手のことを気に入ってる、あるいは、相手に気に入ってもらおうとしているかのような素振りで、親しげに振る舞う、つまり、思わせぶりな態度をとることなんだそうだ。ただ、一夜限りのセックスにそのままなだれ込むような場合、それはもうflirtではないらしい。うーん、たしかにこの語彙を一言で言い表すような言葉は日本語にはなさそう。しかし、この単語はアメリカ文化・生活において重要なんだとか。


あるいは、intimacyというのはどうだろう。辞書的な意味は「親密な」だが、恋愛の場面では肉体関係がすでにある二人の状態をさす。だが、そこには精神・感情面での親密さが生まれていないとならないのだ。これも日本語ではどういうだろうと考えると、とっさにはなかなか浮かばない。それでも日本でも、彼女はintimacyだと思っていても彼氏はぜんぜんまったくintimacyだと思っていないというカップルは、山ほどいそうだ(こういう使い方で合っているのだろうか?)。


頻繁に使われるというのではsoul mateという表現もある。日本だと女のミクシィの紹介文で同性の友達のマイミクが「そぅるめぃと☆」とか書いてるのを見てゲロ吐きそうになるが、アメリカでは二人はなんでも話し合って共有できるし、これからもそうしていきたいと考えている恋人に対して使うんだそうだ。当然、soul mateと思えた相手との結婚を決意する人も多いという。日本人がいうと「最愛の人」とか「大好きな人」だろうか?いまいちそれだと、soul mateほど意味に奥行きがない。


さらにはcommitmentというのも、恋愛の現場で使うんだそうだ。日本でも何かにコミットするという使い方が一般的になりつつあるけれど、向こうでは「結婚」とか「長期的な関係」を考えている相手との関係に対して使うことが多いらしい。古風な言い方だけれど日本でなら「真剣交際」になるだろうか。しかし、そういった具体的なことでなくても二人の関係そのものに真剣にcommitmentするか、ということも二人の間で相違ができて破局を迎えることもあるらしい。日本でも、恋人が部屋に来てるのにずーっとネトゲばかりして、ついに別れを告げられたという事例は多数報告されている。そういった彼らも、もしcomittmentという言葉とその重要性を知っていればその悲劇は防げたかもしれないと思うと、残念で涙が止まらない。


アメリカ人からみた日本人の恋愛の特徴とは…

本を読み終えた感想として、これはあくまで推測だけれど、もしアメリカ人が『性愛日本語の基礎知識』という本を読んだとしたら、日本人は「付き合っている/いない」という二者択一に意識が「集約されすぎている」と思うんじゃないかと想像をした。
本書を読むかぎり、(信仰する宗教によって多少ちがいはあるだろうが)アメリカ人のほうが日本人より肉体的な関係に対してオープンであるということは、否めないだろう。つきあっていなくてもセックスすることは、たぶん多くの日本人よりも一般的だ。
だがそれは、相手との性格的・肉体的な相性、本書でいうところのchemistryをたしかめるためのものでもある。単なるヤリチン・ヤリマンというわけではない。
一方日本人からすると、アメリカ人の操る性愛英語には、自分と相手との感情的な距離感を表現する言葉が、ここで紹介した以外にも豊かで、つまり細かくレイヤーが分かれている。相手をどう思っているか、相手にどう思われているか、さらに相手とこのままやっていけるのかなどを推し量ることが、日本人にとって特に重要な「付き合っている/いない」という二者択一より、価値の上位に来ているように思える。その点、日本の若いカップルを見ていると、自分の恋人との状態を細かく評する言葉は貧困のような気がしてくる。あったとしても「まったり」だとか「ラブラブ」だとか、だろうか?ラブラブはそもそも英語だしね。
ちなみに結婚という法的関係については、両国ともに同じくらい重要視していそうだ。



ここで紹介したのはもちろん序の口で、ページを進めればおまちかね、ベッドの中で行為の最中に相手に語りかけるディープでエロティックな表現も、余すことなく紹介してくれている。
オルガスムスが日本では「イク/行く/逝く」であるのに対し、英語圏ではI’m coming!という具合にきれいに対応関係になっている。
これは序の口だが、たとえばI am having naughty thoughts right nowだとか、I’ve had a hard-on for the whole last hourなどはどうだろう? 正解は、ぜひ本をとって読んでみてほしい。
もし機会があれば、これらの表現を飲み会で隣になった女子の耳元でそっとささやいてほしい。そしてたまたま帰国子女ですべて意味を理解できたその子に、首がとれるほどおもいっきりぶん殴られればいいのにね!