いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

ブラインドネス



どーせAmazonは載せてくんないだろうから、ここに書きます。

あなたが友人からこんなことをされたらどう思うだろう?
その人は面白い話があるという。その話をあなたは聞かされ、再三再四ある謎のオチへ興味関心を引っ張られていく。そして、そのオチへのこちらの興味が最大限に膨張したところで、「その謎にオチなんてないんだよー。ってか、そんなもの謎でもなんでもなかったんですよーだ」と言われて、どっかに行かれるというのは。
私であるなら、当然むかつくし、こんなやつなら付き合い方を考え直さなければならない、と思ってしまうかもしれない。この映画は、それと同じようなことをしているのだ。

このようなレビューを書く際、ネタバレは通常ご法度なのだが、「バレるネタ」がない以上、その「バレるネタがないという真相」は、ここに書いてもいいだろう。このジュリアン・ムーア演じる映画ブラインドネスの主人公は、感染すると失明してしまうという原因不明の感染症に、なぜか世界の中で“たった一人だけ”、感染しない。なぜ彼女だけ感染しないのか。そこが気になって仕方がない、というかそこだけしかこの映画に見るところはないのだが、最終的にそのことの真相は明かされぬまま、映画は終わってしまうのである。彼女がなぜ感染しなかったのか。あえて言えば「たまたま」なのか?
おぉ、ジーザス。こんなことがあっていいのだろうか。

原作は一応あるらしいがこの映画、言ってしまえば「全世界の人々の目が見えなくなったらどうなるだろう」という発想一本勝負で書かれた作品だ。それだけに、感染が広がって、隔離施設ができて、その中での権力争い、食料、財、女のやりとりが始まり、というプロセスが、「まぁ想像したらそうなるだろうなぁ」という、いわばシミュレーションに近いところがある。

で、実際にこんなことになったらどうなるだろうかというと、先天的な視覚障害者の存在感があまりにもない、というところにリアリティを感じられなかった。視覚なき世界に生きる人々が、現実ならばもう少し活躍しているだろうし、してもらわなければ困るだろう。