いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

死んだ人を悪く言うもんじゃない

死んだ人を悪く言うもんじゃない、という思想(?)みたいなもんがあるが、あれの真意ってなんだろうか。いや、真意というか、そもそも誰が始めに言い出したのだろうか。死人に口なしというように、もはや反論もできない人間のことを言るのは可哀想だから言ってやるな、ということなのだろうか。

僕はもうひとつ理由があると思う。
悪口は、聞いてもらえるだけで満足を得られる場合がある。例えば僕にとって、その人が死んでも憎いという奴がいるとする。そいつがもし死んだときを仮定してみるに、僕はどこに向けてそいつの悪口を言うかというと、そんな「死んでも憎い奴」の親族になんか会う機会などないだろうから、そいつと僕の共通の知人である。
その知人に「もう死んじゃった憎い奴」の悪口を言うとどうなるかというと、その知人は何らかの反応をしてくれる。実はここで、復讐みたいなものが少しだけ叶えられたといえるのではないか。内的な意味での復讐は、相手が死んでも可能なのである。特に、故人が自分の批判できないような立場や力関係にあった人間ならば、その快感は一塩だろう。さらに、もしその悪口の聴き手がその故人と仲のよかった人であるならば、決してよい気持ちにはならないだろうから、それを見てさらに悦に浸ることができる。

悪口が言葉である以上、それを聞く相手が必要だ。自分ひとりで悪態をついておくのもいいが、それではあまり面白くないし、あまり意味もない。
この「死んだ人の悪く言うもんじゃない」という言葉にはもしかすると、いろんな人に憎まれた奴が、自分の死後に自分の悪口を人に聞かせることで満足するような輩が出てくることを見越して、予防線を張ったという起源があるのかもしれない。

逆に、死んだ憎い奴のことを生前から知っている人が誰もいなくなれば、もはやそいつに対しての悪口を聞いてくれる人(その悪口に一定の反応を示してくれる人)がいなくなるのであるから、復讐は永遠に果たせなくなる。
死人に悪口言うなら、その人を知っている人が生きている間に、お早めに。