いいんちょさんのありゃあブログ

85年生まれ、おうし座。今考えてることと、好きなこと、嫌いなことについて

汝は就職することを見下しているか?


前期ゼミの打ち上げ。三回生、四回生と院生が一堂に会し、ざっと20名あまりの、これまでにない大所帯での飲み会。一次会、二次会と無難に過ぎたが、教官のご自宅にお邪魔しての三次会で四年生のある後輩君がスパークした。

スパークというのは、僕の中では「本音をぶっちゃけだした」ぐらいの意味だ。
午前五時ぐらいからもう一段階ギアチェンジするかのように、なんと日本酒を一本まるまる開けてしまうという真にクレージーな飲み方で、彼はべろんべろんに酔っぱらってしまったようだった。


「イマダさんは就職活動するんですか?」


口調はかろうじて敬語だったけど、語気を荒げて彼は僕を問いただした。

「うん、するよ。来年には修論書いて就職したいね」

すると、彼はさらに語気を荒げ「え〜、そんなこと言わないでくださいよ。イマダさんには博士課程まで進学していって欲しいっす」


んなアホな。今のご時世、文系の大学院を博士まで進むなんて、人生を棒に振るようなもんだ。

「んなこと、しねぇよw」僕はそう答えたけども、彼の目は意外とマジだった。

来春から彼は、企業戦士となり営業に駆け回る。もうすでに彼は、真っ当な道を外すことはできない。そんな自分の代わりに、才能があるという僕には道を外しきったところで大成して欲しいというわけだ。んな、無責任な。


その後輩曰く、必ずしも就職率の高くないアート系のうちの学部で、真っ当な就職先に真っ当に就職する自分に、彼はずっと負い目や後ろめたさを感じていたらしい。そして、そのことを就職しない同級生や、「入院」した僕ら、いわば「少し道を外しちゃった人間」たちは、きっと見下しているんだろうな、と思っていたらしい。


おいおいと。彼が内定をもらったのは一部上場企業だ。年収600万が約束されているわけだ。そんなすばらしい未来を持つ彼が、僕らに何の負い目や後ろめたさを感じることがあるだろうか。
僕は彼を見下しているんだろうか。たぶんしてない、と思う。だって、営業なんて僕にできっこないんだもん。単純にすごいなぁと思ってしまう。600万ももらえるなんて、うらやましいし。なんでそんな彼が、僕のことをそのようにあつかうのか。見下すべきなのは、僕のことの方じゃないか?負い目に感じなきゃいけないのは、モラトリアムを延長している僕のほうなんじゃないか?


そんなふうに、吐露する彼を冷笑してしまう自分がいた。でも、就職する自分に負い目を感じているという彼の言葉が、真実みを帯びていたのも確かだ。


本当に彼と僕が、互いの生き方に対して後ろめたさをもってしまったのなら、おそらくそれはその人の立ち位置やそこからの世界の見え方のちがいの問題なのだろう、と思う。


まともな道を歩むことになる彼と、もうすでに道を外してしまった僕。どちらが正解なんだろう。それが明らかになるのは、まだずっと先のことなのかも知れない。もしかすると、死ぬまでそれはわからないかも。